へびくぼじんじゃ
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楽しみ方蛇窪神社のお参りの記録一覧
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24.06.26。都営地下鉄浅草線「中延駅」より徒歩5分。品川区二葉4丁目の住宅街に鎮座。
《上神明天祖神社》
《東京の白蛇さま》
御祭神
主神 天照大御神
配祀 天児屋根命、応神天皇
創建年 元享3年(1323年)頃
社格等 旧村社
札所等 荏原七福神・弁財天
【由緒】
古くは蛇窪と呼ばれた地に鎌倉末期に創建されたと伝わる。元亨ニ年、武蔵国一帯が
大干ばつになり、龍神社に雨乞いをして大雨が降り救われたことに感謝して神社を勧請して祀られた。かつてこの地に住んでいた白蛇が地元の人の夢枕に現れたことから、社殿横には弁天社の祠がある。これらの神様を総称して蛇窪大明神と称えられている。
〜「東京福めぐり」パンフより〜
本日は久しぶり振りに「東京福めぐり」をメインに都内3区の9社3寺を完遂できました。その①
以前から始めていた「東京福めぐり」としては5社目となりました。見所が多く楽しい神社でした。












白蛇様に会える日になかなか休みが合わず💦
諦めてお参りに行って来ました🙏🏻
【蛇窪神社】
文永8年(鎌倉時代•1272年)11月10日、北条四朗左近大夫陸奥守重時は、五男の時千代に多数の家臣を与え蛇窪(現在の品川区二葉四丁目付近)に残って当地域を開くよう諭して、自らはこの地を去りました。
その後、時千代は、法圓上人(ほうえんしょうにん)と称して大森に厳正寺(ごんしょうじ)を開山し、家臣の多くは蛇窪付近に居住させました。現在、厳正寺の壇徒がこの地域に多いのは、こうした理由によるものです。
文永8年の秋から50年ほどを経た元亨2年(1322年)、武蔵の国(現在の東京・埼玉)一帯が大旱魃となり、飢饉の到来は必至と見られました。このとき、厳正寺の当主、法圓の甥の第二世法密上人は、この危機を救うため、厳正寺の戌亥(北西)の方向にあたる森林の古池のほとりにある龍神社に雨乞いの断食祈願をしました。上人の赤誠(偽りや飾りのない心。まごころ。)と神霊の冥助により、大雨が沛然と降り注ぎ、ついに大危機を免れることができました。
これに感激した時千代の旧家臣たちは、蛇窪に神社を勧請し、神恩に応えて祀りました。これが現在の蛇窪神社の縁起とされています。(荏原区史)
なお 一説には、鎌倉時代に、この地の豪農、森屋氏(現姓森谷氏等の先祖)が建立したものとも伝えられています。
当社の旧社名は神明社でしたが、その後村社に昇格して「天祖神社」に改名されました。
令和元年5月1日より、御大典を記念し、また、地域の発展を祈念して、神社名の問い合わせの多い別称「蛇窪神社」を通称表記に格上げすることになりました。
ー蛇窪神社HPよりー

☆社号標•御大典記念の碑☆
紀元2600年(昭和15年)奉祝と、当社が村社に昇格したのを記念して建てられたものです。
明治45年(西暦1912)年7月30日。大正天皇が即位(天皇の位につく)されたのを記念して建てられた碑です。裏の碑文は明治24年品川用水(かんがい)水利権に関し訴訟問題が起こり用水利用者金子仲次郎氏外20名が荏原郡長に訴願したが認められず、更に明治28年東京府知事に上告し認められる迄の過程を記録したものです。
誠なる心を以ちてむかへなば
光輝く後の世までも

☆新檜の大鳥居⛩️☆
蛇窪神社鎮座七百年記念事業の一環として、地域発展のシンボルとなる大鳥居が、令和元年12月26日、氏子崇敬者の御浄財により建立されました。
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