たいりゅうじ|高野山真言宗|舎心山(しゃしんざん)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後に神社お寺を残せる未来へ
太龍寺の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | |||
| 参拝時間 | 7:00~17:00 | ||
| 電話番号 | 0884-62-2021 | ||
最新の御朱印・御朱印帳の投稿


■四国八十八ヶ所:第21番札所「太龍寺(たいりゅうじ)」です。
四国霊場第4弾は3日間で「行きそびれ札所」→「満願」を目指します。
愛知県から早朝より自動車で淡路島経由で向かいました。徳島県(阿波)では、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」3霊場とも今回予定しています。
平成4年に約10分の乗車時間のロープウェイができるまでは、たいへんな「難所」であったと思われます。駐車場からでも30分は要していたそうです。この長い山間の遍路道は、西村京太郎さんの推理小説でも舞台ともなりました。
「西の高野」と言われるだけに、境内だけではなく「周辺」にも興味をそそられる場所がいくつかあります。もう少し時間をかけて歩いてみたいものです。

【舎心山(しゃしんざん)常住院(じょうじゅういん)太龍寺(たいりゅうじ)】
本尊:虚空蔵菩薩
宗派:高野山真言宗
開基:弘法大師
太龍寺は、古来より「西の高野」と呼ばれている。793(延暦12)年、桓武天皇(在位781-806)の勅願により、弘法大師(774-835)が開き、本尊の虚空蔵菩薩を彫った。山深いこの霊場は、平安時代の後期には子院12ヶ寺をもつほどに栄えていたが、鶴林寺とは異なり、長宗我部元親の天正の兵火で焼かれてしまう。江戸時代になっても幾たびか羅災しその度、再建されている。仁王門は鎌倉時代の建立で、他の堂塔は江戸時代以降に復興している。
弘法大師24歳の時の著作として有名な「三教指帰(さんごうしいき)」に「19歳の時 阿国太龍嶽に登り 虚空蔵求聞持(こくうぞうぐもんじ)の法を修し……」とあり、境内より南西方向へ600mの「舎心ヶ嶽」が正に大師御修行の史跡である。(虚空蔵求聞持の法:「のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか」を1日1万回ずつ100日かけて100万回唱えるという修行法)
四国巡礼者にとって、屈指の難所であったこの山岳寺院にロープウエー(全長2,775mで西日本最長。101人乗り、所要時間約10分。)が開通したのは1992(平成4)年である。

【21_T.Hamada's view】
大師堂

【21_舎心ヶ嶽の大師像】
弘法大師が19才の時に修行したとされる断崖絶壁「舎心ヶ嶽(しゃしんがたけ)」。その時、龍神が大師を守ったことが寺名の由来。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)
太龍寺の御朱印・御朱印帳コレクション全48枚
御朱印
47枚























御朱印帳
1枚
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう















