ひのみねじんじゃ
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楽しみ方日峰神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年11月28日(金) 20時14分35秒
参拝:2025年10月吉日
徳島県小松島市にある神社です。
阿南市から小松島市に北上してきました。
阿波三峰の一つである日峰山(標高191m)の山上に鎮座されています。
くねくね曲がった道はありますが 山上には駐車場があり お詣りしやすいです。
駐車場には名勝日峯山の石柱があり そちらから見える景色はとても美しいです。
またその場所からは少し離れた本殿・拝殿を望むことがことができます。
これがまた美しい。山上というか断崖絶壁の上というか なかなかの場所にあるからです。
鳥居をくぐり 石段を少し上がると 右手に社務所がありました。
ただ無人で コロナ以降御朱印は中止になっているようです。
海からの風があたるからだと思うのですが 狛犬さんがずいぶん古く感じます。
拝殿もコンクリート製ですが 何度も壁の塗りなおしをしないといけないようですね。
無人なのに 拝殿内部はとてもきれいに管理されていました。
祈祷を受け付けておられるので 祈祷をお願いされる方が多いんだろうと感じました。
ネット情報です。
祭神は主祭神が大日霊貴神 相殿神に少彦名神と市杵島比女神 境内社に船玉大神(ふなだまのおおかみ)です。
社伝によれば 奈良時代の天平勝宝2年(750年)豊野真人篠原が阿波守に任ぜられた。
翌天平勝宝3年国内に疫病が流行した。
住民の苦しむ姿を見た阿波守は 日峰山で火焚き神事を行い祖神に祈願し疫病が治まった。
これにより山上に社を建立したと言われる。
この伝承から 毎年「十八山火焚祭」が行われている。
中世以降は「日峯大権現」と称せられ 桃山時代の天正14年(1586年)初代徳島藩主となった蜂須賀家政は阿波入国の際に日峰館に留まり築城の場所を定めようとした。
家臣は日峰山を薦めたが 家政は聖域であるとして選ばず 現在の徳島城の地に築城したと言われている。
その後 日峰山一帯を聖域として私有を認めず樹木の伐採を禁じた。
明治5年(1872年) 「日峯神社」と改称して村社に列した。
なお 現在では「峯」字を「峰」としている。
この神社に奉納には蟹の絵のついた絵馬が奉納される。
蟹の絵馬には以下の伝承がある。
昔 小松島の農民は毎年 田植えの時期になると稲苗を根元から蟹に食いちぎられて困っていた。
そこで 農民揃って日峰神社に祈願した。
すると蟹の被害が無くなった。
以後 祈願や解願の際に 蟹の絵馬が奉納されるようになったと言われる。
祈願を行った信者には 以後 蟹を食べない人が多数見られる。
社殿には さるかに合戦や蟹千匹など蟹に因む大額が奉納されている。
阿南市から小松島市に北上してきました。
阿波三峰の一つである日峰山(標高191m)の山上に鎮座されています。
くねくね曲がった道はありますが 山上には駐車場があり お詣りしやすいです。
駐車場には名勝日峯山の石柱があり そちらから見える景色はとても美しいです。
またその場所からは少し離れた本殿・拝殿を望むことがことができます。
これがまた美しい。山上というか断崖絶壁の上というか なかなかの場所にあるからです。
鳥居をくぐり 石段を少し上がると 右手に社務所がありました。
ただ無人で コロナ以降御朱印は中止になっているようです。
海からの風があたるからだと思うのですが 狛犬さんがずいぶん古く感じます。
拝殿もコンクリート製ですが 何度も壁の塗りなおしをしないといけないようですね。
無人なのに 拝殿内部はとてもきれいに管理されていました。
祈祷を受け付けておられるので 祈祷をお願いされる方が多いんだろうと感じました。
ネット情報です。
祭神は主祭神が大日霊貴神 相殿神に少彦名神と市杵島比女神 境内社に船玉大神(ふなだまのおおかみ)です。
社伝によれば 奈良時代の天平勝宝2年(750年)豊野真人篠原が阿波守に任ぜられた。
翌天平勝宝3年国内に疫病が流行した。
住民の苦しむ姿を見た阿波守は 日峰山で火焚き神事を行い祖神に祈願し疫病が治まった。
これにより山上に社を建立したと言われる。
この伝承から 毎年「十八山火焚祭」が行われている。
中世以降は「日峯大権現」と称せられ 桃山時代の天正14年(1586年)初代徳島藩主となった蜂須賀家政は阿波入国の際に日峰館に留まり築城の場所を定めようとした。
家臣は日峰山を薦めたが 家政は聖域であるとして選ばず 現在の徳島城の地に築城したと言われている。
その後 日峰山一帯を聖域として私有を認めず樹木の伐採を禁じた。
明治5年(1872年) 「日峯神社」と改称して村社に列した。
なお 現在では「峯」字を「峰」としている。
この神社に奉納には蟹の絵のついた絵馬が奉納される。
蟹の絵馬には以下の伝承がある。
昔 小松島の農民は毎年 田植えの時期になると稲苗を根元から蟹に食いちぎられて困っていた。
そこで 農民揃って日峰神社に祈願した。
すると蟹の被害が無くなった。
以後 祈願や解願の際に 蟹の絵馬が奉納されるようになったと言われる。
祈願を行った信者には 以後 蟹を食べない人が多数見られる。
社殿には さるかに合戦や蟹千匹など蟹に因む大額が奉納されている。

日峯山の石柱

山上からみた小松島の海

駐車場から本殿を見る

駐車場すぐの場所に鳥居があります

鳥居の扁額

手水舎

本殿へは石段を上がります

こんな山の上に立派な本殿・拝殿

狛犬は古そうですね


狛犬の台座にカに

本殿横の掲示板

内陣

本殿

御朱印は今は拝受できません

境内社
すてき
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くるくるきよせん3066投稿
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