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じょうせんじ|浄土宗瑠璃光山

浄泉寺の御由緒・歴史
栃木県 日光駅

ご本尊薬師如来
ご由緒

文政3年(1820年)3月如来寺から御公儀に提出した『当山並に末寺内境内諸堂山林田畑惣記録』に、当院元亀3年 (1572年)草創の寺で、慶長元年(1596年)4月8日清光院慶誉厳長和尚開基瑠璃光山清光院浄泉寺と号すとあります。
本尊薬師如来は慈覚大師一刀三礼の御作と伝えられ御丈2尺余、 日光月光12神像は運慶の作と記され、本尊は見ると眼がつぶれると 言い伝えられてきました。
住時日光上泉村(今の北和泉・野口の境あたりか)にあり寺名を上泉寺と称しましたが、慶長年中今市宿上町に遷し如来寺の末寺として建立、浄泉寺に改めたといわれ、通称薬師さまで通っております。
代々は寛永3年(1626年)満海、慶安4年(1651年)弁的延宝5年(1677年)法誉、同6年含海、元禄3年(1690年)恩長、 以後文化年間まで7代、文政の書上当時は無住となっており、町並より中門まで16間、表門より薬師堂まで26間、 4間4方の薬師堂、天神杜、弁天堂、太子堂がありましたが天明2年町内出火の節類焼、享保8年(1723年)浄誉体寿が 一宇を再建しました。
境内には正保2年(1645年)屋敷五郎左衛門の献納した石灯篭及び慶長16年の逆修塔が現存し かつては庭隅に長方形の池があり、田螺が多く棲んでいたと古老は語っています。

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