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2025年03月03日(月) 16時33分 byくし
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なんこうじ
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天正年間創建と伝わるが火災のため古記録が焼失し詳細不明。 明治時代の火災により無住が続いていたが、先代が昭和30年代に入山。当初は民家を利用し本堂としていたが、現本堂を再建。 推定樹齢は約350年の大白椿が残る。高さと枝張りはともに8m程、幹廻りは1.3m程、春には白い花をつけます。昭和53年に葛生町(当時)の有形文化財(天然記念物)に指定された。 【孝子節婦(こうしせっぷ)の墓】 江戸時代、葛生の村樫(現宮下町)の農家に、新之丞とその妻のよね。その舅・姑(新之丞の父母)が暮らしていた。 この一家は睦まじく協力して、老いて身体の不自由になった両親に孝養を尽くしたため、寛延2年(1749)4月に領主松平武元公より表彰されたことを記念して建てられた。 江戸幕府編纂の善行集「官刻孝義録」にも記載されている。 碑のすぐ東側の岡の上に、新之丞とよねの墓がまつられている。
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《本尊》不明
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江戸時代の孝行夫婦の表敬碑が残る。
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心晴山
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天正年間
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不詳
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大白椿(佐野市指定天然記念物) 孝子節婦墓(佐野市指定重要文化財)