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2025年03月02日(日) 13時36分 byくし
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佐野源左衛門常世の館跡と伝わる、豊代館跡(正雲寺城跡)の北西角にある神社。常世の守り神だった矢越天神を祀る。 「いざ鎌倉」で名を馳せ、北条時頼によって名誉回復と御家再興を果たした常世は、翌年の建長六年(1254年)五月七日、鎌倉に住む三浦氏の遺族を訪ねる途中、馬入川にさしかかった。ちょうど梅雨時で川は濁流が渦巻いていた。 家来は怖がり渡ろうとしなかったが、常世は「これくらいが怖くて戦に行けるか」と励まし舟を出させた。あと少しで向こう岸に着くという時、大きく渦巻いた濁流に舟が呑まれ、乗っていた者はみな水死してしまった。常世の遺体は見つからなかったという。 菩提寺の願成寺では、常世の遺髪を釈迦堂の前に葬って丁寧に供養し「仏手院殿一山道覚居士」との戒名を付けた。立派な位牌が本堂正面に安置され、今に至るまで供養が続けられている 正雲寺の屋敷跡の南側には実相院という小さな寺があったが、すっかり朽ちはてたので取り壊し今は正雲寺公民館が建っている。 この正面の一室に、常世の守り本尊といわれる地蔵尊と、その両脇に薬師如来と阿弥陀如来が祀られ、常世とその母の位牌も安置されている。
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《主》菅原道真
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《主》菅原道真 《正雲寺公民館》地蔵菩薩・薬師如来・阿弥陀如来
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「鉢の木」の佐野源左衛門常世の居館跡の北西に立つ神社。 常世の守り神だった矢越天神を祀る。 居館跡南側の正雲寺公民館には、常世の守本尊である地蔵菩薩も祀られている。
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不詳 鎌倉時代?
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不詳
