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楽しみ方熊野神社 (船越町)のお参りの記録一覧
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岩崎八幡宮と谷を挟んで向かい側にある山地にある神社。船越町の宮本という集落の鎮守様です。
この神社、創建が斉明天皇代と非常に古く、しかも興味深い伝承が伝っており俄然民俗学フリークの血が騒ぎました😍w
まず、上野国側には主神とする神社なども多数あるのに、なぜか下野国側にはほとんど見られない藤原長良公に纏わる伝承がこの神社で初めて見つかった🔍‼️(詳しくは基本情報を御参照ください☝️)
さらに伝承に出てくる賊の赤岩左近や、長良公に命じられて神社を再建した弾正聖大弼良綱などの人名を元に調べてみたところ・・・
まず赤岩左近については直接的な情報は出てこなかったのですが、群馬の館林・邑楽付近に長良神社が多いことについて以下のような伝承が👇️
①藤原長良が大蛇を退治して、蛇体を8つに切って分けて祀ったので、邑楽郡には長良(ながら)神社が8社ある。
②千代田村の大沼の大蛇が毎年人身御供を取るので、都から来た藤原長良に退治を願った。長良は弓の名人の御殿女中のおさよ殿(さいぞう様ともいう)を連れ、大蛇の目を射潰して刀で刺し殺した。大蛇の屍骸は18に切って、頭は千代田村瀬戸井に祀り、他は邑楽郡各地に祀った。邑楽郡に長良社が18あるのはそのため。
千代田村こと現在の邑楽郡千代田町にはズバリ「赤岩」という地名がありまして、この大蛇というのは赤岩左近を指してるのでないかと🐍❗
弾正聖大弼良綱については、この神社の伝承に伝わる賊退治の824年の翌年825~826年に「従四位下 参議弾正大粥」なる人物が下野守に任命されていたという情報が出てきた🔍️❗
・・・ただ、大粥(だいひつ)というのは姓ではなく官職名だそうで、この弾正大粥と大弼良綱が100%同一人物かは断定できないのですが(^^;
しかし弾正台というのは現在でいう警察職👮ウン!やっぱり賊退治でこの辺りに来たんだな💡
斉明天皇代創建はともかく、少なくともこの神社が9世紀前半までは遡れる古社なのは間違いないようですね😊
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