りゅうせんじ
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楽しみ方龍泉寺(足利厄除大師)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月26日(火) 05時48分34秒
参拝:2024年3月吉日
栃木県 足利市 助戸 に境内を構える、龍泉寺、正式名称は 福聚山 心性教院 龍泉寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、2024 に足利三十三観音霊場 他巡礼にて何度も参拝致しました、足利地方は歴史在る建物が多く所在しており 寺院も見所在ります、寺院対応も良い寺院でした、遠方から来た私達に親切な対応、お話しをして下さりました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 福聚山、院号は 心性教院、寺号は 龍泉寺、宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 釈迦如来、足利三十三観音霊場 第二十九番札所、足利坂東三十三観音霊場 第三番札所 札所ご本尊はどちらも 聖観世音菩薩、ぼけ封じ関東三十三ヶ所 観音霊場 第二十四番札所、関東百八地蔵尊霊場 第四十番札所 疣取地蔵、当寺は、元久2年(紀元1205年3月)の開創であり、権現堂と称し 比叡山の直末寺である。開山は 叡海地蔵上人様であり、紀州那智(現在の 和歌山県)の人である。ある夜の夢に異形の人が現れ、告げて曰く「吾と汝と共に日本60余州を巡礼し、66部の経典を各霊場に納め、汝は是れ我なり」と言うなり霞の如く消失したという。上人は夢より覚めると、諸国の霊場巡礼の旅をし、下野国足利郡に来たり、此の地に霊感を感得する。即ち霊夢に見る所の地と思い、一堂を建立し、熊野権現を勧請し安置す。此が権現堂の由来であり、時に上人御年66歳、翌年元久3年上人は当地に於いて入寂する。
室町幕府時代の末までは足利氏の帰依が厚く、特に第14代将軍足利義栄は当寺に、福聚山心性教院龍泉寺の号を定め、命により永禄11年 天台座主 二品応胤親王より比叡山戒心谷の永代末寺に定められ末寺十八寺を擁する地方の本寺格となった。桃山時代に入り、足利城主長尾但馬守顕長は当寺の霊仏を厚く帰依信仰し、館林に楞嚴寺、及び薬師12神将等を寄進した。しかし長尾家滅びし後、当山も衰退し、江戸時代正徳の頃、当山の元三大師(厄除け大師)を再興し、厄除けの守護仏として、其の名を近郷近在に知られ、元旦より2月3日は大祭を執行する。現在本堂には、比叡山根本中堂に1200年の間消える事なく輝いている「不滅の法燈」が比叡山根本中堂より分灯され連綿と光り輝き続けている
室町幕府時代の末までは足利氏の帰依が厚く、特に第14代将軍足利義栄は当寺に、福聚山心性教院龍泉寺の号を定め、命により永禄11年 天台座主 二品応胤親王より比叡山戒心谷の永代末寺に定められ末寺十八寺を擁する地方の本寺格となった。桃山時代に入り、足利城主長尾但馬守顕長は当寺の霊仏を厚く帰依信仰し、館林に楞嚴寺、及び薬師12神将等を寄進した。しかし長尾家滅びし後、当山も衰退し、江戸時代正徳の頃、当山の元三大師(厄除け大師)を再興し、厄除けの守護仏として、其の名を近郷近在に知られ、元旦より2月3日は大祭を執行する。現在本堂には、比叡山根本中堂に1200年の間消える事なく輝いている「不滅の法燈」が比叡山根本中堂より分灯され連綿と光り輝き続けている


、足利三十三観音霊場 第二十九番札所、足利坂東三十三観音霊場 第三番札所 札所ご本尊はどちらも 聖観世音菩薩、

天才絵師・伊藤若冲の『庭鳥図双幅』切り絵御朱印です

不滅の法燈 切り絵御朱印です

本尊、釈迦如来 御朱印です

足利厄除大師 御朱印です




















すてき
投稿者のプロフィール

japan-wel…719投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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