こうしょうじ|曹洞宗|普應山
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普応山興聖寺は吉水町にある曹洞宗の寺院です。
当初は唐沢山麓の田野入にあり、健保2年(1214)栄西禅師の創立で、臨済宗天福山興聖寺といいました。佐野基綱の奥方の開基になります。16世孝山長老の時に改宗して曹洞宗となり、寛永12年(1635)に現在地に移転されました。
境内は『清水城』または『興聖寺城』と呼ばれる城跡で、現在も土塁や空堀が方形をなしています。
この清水城は、安貞2年(1228)佐野国綱が佐野一族である『岩崎義基』のために築いたといわれています。義基は西佐野殿と呼ばれ、清水冠者 木曽義高の変名であるとの説があります。
岩崎氏代々の居城として12代続き、永正年間(1504-1521)、岩崎重長が三好岩崎の地に移り、清水城は大永元年(1521)より佐野季綱の居城となりました。しかし、季綱はあまり居城せず家臣らが交替で守備をし、その後、山田若狭守が城代として長く居城しました。佐野氏が改易となった時に廃城になったと伝わっています。
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木曽義高公ゆかりの地にも行けたらなと思っていました。岩崎八幡宮や報恩寺は遠くて無理そうだったので、今回メインの三天神巡りの近くでどこかないか探し、境内が清水城の城跡になっている興聖寺様にお参りさせていただきました🙏
日が暮れる前に来れてよかったです😊
このあと、道の駅どまんなか田沼でお買い物して帰宅しました。昼日森天満宮も無事に見つけることができ、義高公ゆかりの地は一社しかお参りできませんでしたが、奇しくも、現在私は相模国に住んでいるので、道中、義高公はこの距離を落ち延びたのかぁ…など妄想しながら楽しませてもらいました😊
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