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じんめいぐう (いももりじんじゃ)

神明宮 (芋森神社)の御由緒・歴史
栃木県 野州山辺駅

ご祭神《主》大日孁貴命・豊受姫命 
《配》弥都波能売命(罔象女神)
《境内社》諏訪神社・八坂神社・稲荷神社・愛宕神社・雷電神社・厳島神社
創建時代天慶二年(939年)
創始者平貞盛
ご由緒

もとは群馬県矢場川村大町だった。
平成24年の石芋伝説の看板が建てられており「芋の森神明宮」建立とあり、拝殿額が「芋森神社」で奉納されているので芋森神社で載せられたが、正確には「神明宮」社号標は「村社神明宮」
【神社案内板より】
社殿によると天慶二年(939) 平貞盛が平将門の乱の際に、武蔵国氷川明神のお告げにより白鳥に導かれ、この地に陣を構えた。
伊勢神宮の神座を設け、素戔嗚尊を祀り、祠殿を建て、朝敵降伏の祈祷をして出陣したところ、藤原秀郷と協力して乱を平定することができた。
貞盛がその記念として、陣釜兵器を奉納したのが創建と伝えられる。
その後、大永二年(1522)当地を治めていた矢場能登守繁和が社殿を造営したと伝えられる。
平成二十四年(2012)に境内に南大町自治会館、次いで神楽殿、芋森公園が整備された。
祭神は天照大神・豊受大神で、配神として弥都波能売命を祀る。八坂神社・厳島神社などの摂末社がある。
拝殿内には、日清戦争の帰還者らによって奉納された地元の絵師 大川愛渓によって描かれた絵馬が現存する。
社殿北、鎮守の森の中には「弘法の池」と呼ばれる湧水がある。湧水が絶えることなく水温がほぼ一定であり、弘法大師の伝説を伴う石芋と呼ばれるサトイモや、当時南大町在住の高校生であった岡田香氏が発見の契機となったニホンカワモズクが自生することで知られている。
【芋森伝説】
嵯峨天皇の時代に、弘法大師が諸国を旅するうちに大前村(南大町)を通りかかったところ、川のほとりで芋を洗っているお婆さんに出会いました。
大師はお腹が空いていたので「少しばかり芋を分けてください」とお願いしました。
ところがお婆さんは大変ケチだったため「これは石芋と言って食べられません」と言って分けてくれませんでした。
大師は「それなら捨てるしかないか」と言って立ち去りました。
お婆さんは家に帰ってこの芋を煮て食べようとしたところ、どんなに煮ても硬くて食べられなかったので、頭にきて村外れの神明の森に捨ててしまいました。 それからその芋が泉の中に繁るようになったと伝えられています。
また、この泉そのものが、弘法大師が湧かせた弘法湧泉だとも伝えられています。

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