おおみわじんじゃ
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大神神社ではいただけません
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大神神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年11月09日(火)
参拝:2020年10月吉日
大神神社(おおみわ~)は、栃木県栃木市惣社町にある神社。式内論社で、下野国総社。旧社格は県社。主祭神は倭大物主櫛𤭖玉命 (やまとおおものぬしくしみかたま=大物主命)、配祀神は木花咲耶姫命(このはなさくや)、瓊瓊杵尊(ににぎ)、大山祇命(おおやまつみ)、彦火火出見命(ひこほほでみ)。別称は「下野惣社大明神」、「惣社六所大明神」、「八島大明神」など。境内の「室の八嶋」が松尾芭蕉の『奥の細道』に登場することで知られている。
社伝によると、崇神天皇の時代に崇神天皇の皇子である豊城入彦命(とよきいりひこ)が東国平定の折に戦勝と人心平安を祈願し、当時から広く知られていた「室の八嶋」に大和国の大三輪大神を勧請して創建した。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「下野國 都賀郡 大神社 小」の論社とされており、他の論社として太平山神社(栃木県栃木市平井町)がある。平将門の乱では被害を受けたが、藤原秀郷の寄進により再建された。その後戦国時代には、皆川広照の残兵が当社に籠ったため、北条氏直の軍勢が火を放ち社殿を焼失、荒廃した。江戸時代になると、3代将軍・徳川家光が社領30石と松苗1万本を寄進し、1682年に社殿が再建された。なお、江戸時代前期の1689年に「奥の細道」の旅に出た松尾芭蕉が「室の八嶋」に立ち寄り、「糸遊に 結びつきたる けぶりかな」と詠んでいる。明治時代に入り近代社格制度の下で郷社に列し、その後県社に昇格した。
当社は、東武宇都宮線・野州大塚駅の東南東1kmの畑作地帯にある。旧県社ということだが、現在でもかなり広い敷地を有していて、境内には古巨木が多く立ち並び、まるで自然公園のようになっている。社殿は大きく、境内社も多く、松尾芭蕉も訪れた「室の八嶋」もあるので、見どころが多く、熱烈な寺社仏閣ファンでなくても十分に楽しめそう。
今回は、下野國の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外にも何組か参拝者が訪れていた。
社伝によると、崇神天皇の時代に崇神天皇の皇子である豊城入彦命(とよきいりひこ)が東国平定の折に戦勝と人心平安を祈願し、当時から広く知られていた「室の八嶋」に大和国の大三輪大神を勧請して創建した。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載されている「下野國 都賀郡 大神社 小」の論社とされており、他の論社として太平山神社(栃木県栃木市平井町)がある。平将門の乱では被害を受けたが、藤原秀郷の寄進により再建された。その後戦国時代には、皆川広照の残兵が当社に籠ったため、北条氏直の軍勢が火を放ち社殿を焼失、荒廃した。江戸時代になると、3代将軍・徳川家光が社領30石と松苗1万本を寄進し、1682年に社殿が再建された。なお、江戸時代前期の1689年に「奥の細道」の旅に出た松尾芭蕉が「室の八嶋」に立ち寄り、「糸遊に 結びつきたる けぶりかな」と詠んでいる。明治時代に入り近代社格制度の下で郷社に列し、その後県社に昇格した。
当社は、東武宇都宮線・野州大塚駅の東南東1kmの畑作地帯にある。旧県社ということだが、現在でもかなり広い敷地を有していて、境内には古巨木が多く立ち並び、まるで自然公園のようになっている。社殿は大きく、境内社も多く、松尾芭蕉も訪れた「室の八嶋」もあるので、見どころが多く、熱烈な寺社仏閣ファンでなくても十分に楽しめそう。
今回は、下野國の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外にも何組か参拝者が訪れていた。
境内北端の境内入口。
大きく立派な青銅鳥居。ただ、北側にあるし、社号標がないので、表参道ではなさそう...(実際、表参道は南側)
この参道は<西参道>。ただ、こちらにも燈籠がきれいに立ち並んでいる。
参道の右側に現れる<手水舎>。ここから境内南側の表参道に向かう。
表参道から見た境内全景。広々として、さすが下野國総社、旧県社の風格。
参道の左側に<右門神社>。左右が逆。本殿から見た左右でしょう。(^_^;)
参道の右側に<左門神社>。
参道を進んで右手にある<神楽殿>。
神域入口の<二の鳥居>。(表参道の南に<一の鳥居>があるみたい)
鳥居をくぐって拝殿を望む。大きく立派な拝殿。江戸時代前期の1682年に再建され、大正時代の1924年に大改修されている。
拝殿に向かう途中、参道の右手にある<神宮>。大きくはないが、梁などに彫刻が施されている。
<拝殿>遠景。左右の<狛犬>は大きく台座が高い。ちゃんと車いす用のスロープがある。
<拝殿>全景。大きな拝殿に合わせて、大きな<天水桶>。長い神社幕や奉納提灯もアクセントになっている。
<拝殿>正面。<大神神社>の扁額はシンプルで控え目。
存在感のある拝殿。
拝殿の左隣は<社務所>。御朱印はこちら。
神域入口の二の鳥居から見た境内南側。ここから写真右側(境内南西側)にある「室の八嶋」に向かう。
ここが「室の八嶋」の入口。奈良時代にはすでに、東国の歌枕として都にまで知られた名勝。『万葉集』や『古今和歌集』にも出てくる。
定義すると、「杉木立の中の掘割に、小さな祠を戴く8つの小島がある、およそ800坪ほどの庭園状の場所」といった感じ。
定義すると、「杉木立の中の掘割に、小さな祠を戴く8つの小島がある、およそ800坪ほどの庭園状の場所」といった感じ。
【室の八嶋 ①】筑波神社 <-住所がなぜか茨城県つくば市ではなく、真壁町になっている...(^_^;)
【室の八嶋 ②】太宰府天満宮 <-日本全国どこでも人気の菅原道真公。
【室の八嶋 ③】鹿島神宮 <-東国(関東)では外せない、鹿島(武甕槌大神)・香取(経津主大神)のセット物。この後、香取が来るのかな?(・∀・)ニヤ
【室の八嶋 ④】雷電神社 <-この神社だけ、どこの「雷電神社」かは記載がない。
【室の八嶋 ⑤】富士浅間神社 <-この神社だけ、特別扱いで覆屋が建っている。
【室の八嶋 ⑥】熊野神社 <-和歌山の熊野本宮大社ではなく、島根の熊野大社とのこと。
途中に現れる<神橋>。池には大きな鯉がたくさん泳いでいる。
【室の八嶋 ⑦】二荒山神社 <-日光と宇都宮のうち、日光の方の二荒山神社。
【室の八嶋 ⑧】香取神宮 <-やはり来た! 鹿島(武甕槌大神)・香取(経津主大神)の黄金ペア。
「室の八嶋」の最後の鳥居。小島と小橋を渡りながら、日本全国の有名神社を廻れる仕組みで、けっこう楽しい。(^▽^)/
「室の八嶋」全景。松尾芭蕉もこの景色を楽しんだのかしら。大人は万葉集や松尾芭蕉を思えば楽しめるし、子供も単純に島めぐりで楽しいかも。
境内南西部にある境内社群。左から<祖霊社>、<大杉神社>、<福神社>。
日本最大の広葉杉。江戸時代後期に中国から渡来した品種とのこと。樹齢数百年で、幹回り6.5mは日本最大と書かれている。
こちらは<御神木>。2代目らしい。
最後に、西参道そばにあって、拝殿、社務所の並びにある<護国神社>。右側の石造りの建物は<御神庫>。
すてき
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惣一郎1269投稿
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