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長谷寺ではいただけません
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長谷寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年03月03日(金)
参拝:2023年2月吉日
河津桜見物して稲取温泉で疲れを癒して、翌日は伊豆下田市の観光。帰路の途中に寺院を参拝しました。先ずは下田市に在る浦岳山 長谷寺です。ついつい、はせでら と読んでしまいますが、ちょうこくじ です。
下田市の最南西で隣の南伊豆町との境目の近くで、観光地の龍宮窟から少し北西へ行った所です。
曹洞宗で、本尊は阿弥陀如来。
この本尊・阿弥陀如来坐像は重文です。
天平年間(729~45年)に行基による創建で、真言宗の寺で昌善寺と称していたと伝わります。1180年に近くの遠国島(オンゴクジマ)の岳浦に漂着したので、暫くは小さなお堂に祀られていたが、後に長谷寺の本尊に迎えられたと伝わります。(海に近い寺院によくある話ですが。)1655年に来室栄撮が曹洞宗に改宗したとの事です。
海岸沿いの道から内陸の方へ入りますが、漁村の道に多い細い道を進みます。境内に上がる道がありましたので境内に停めさせて頂きました。本堂の横に庫裏がありましたので、庫裏にて拝観をお願いし、早速本堂に上がらせて頂きました。須弥壇のやや高い所に本尊の阿弥陀如来坐像が祀られています。正面から観るとわからなかったのですが、近付いてみると左右に脇侍の菩薩も祀られており、阿弥陀三尊となります。本尊の阿弥陀如来坐像は、高さ約87cm、均整のとれた容姿、浅く彫られた襞(ひだ)から、平安時代末期の作と考えられています。
最後に御朱印をお願いし、頂戴しました。
下田市の最南西で隣の南伊豆町との境目の近くで、観光地の龍宮窟から少し北西へ行った所です。
曹洞宗で、本尊は阿弥陀如来。
この本尊・阿弥陀如来坐像は重文です。
天平年間(729~45年)に行基による創建で、真言宗の寺で昌善寺と称していたと伝わります。1180年に近くの遠国島(オンゴクジマ)の岳浦に漂着したので、暫くは小さなお堂に祀られていたが、後に長谷寺の本尊に迎えられたと伝わります。(海に近い寺院によくある話ですが。)1655年に来室栄撮が曹洞宗に改宗したとの事です。
海岸沿いの道から内陸の方へ入りますが、漁村の道に多い細い道を進みます。境内に上がる道がありましたので境内に停めさせて頂きました。本堂の横に庫裏がありましたので、庫裏にて拝観をお願いし、早速本堂に上がらせて頂きました。須弥壇のやや高い所に本尊の阿弥陀如来坐像が祀られています。正面から観るとわからなかったのですが、近付いてみると左右に脇侍の菩薩も祀られており、阿弥陀三尊となります。本尊の阿弥陀如来坐像は、高さ約87cm、均整のとれた容姿、浅く彫られた襞(ひだ)から、平安時代末期の作と考えられています。
最後に御朱印をお願いし、頂戴しました。
すてき
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nomuten973投稿
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