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境内

地蔵
六地蔵さん
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マストは折れ、船体は酷く損傷し、浸水も激しく、甲板の大砲が転倒して下敷きになり、死亡した船員も出る惨状でした。このような災害の中、ロシア側は、その日の夕方、津波見舞いに副官ポシェートと医師を同行させ、傷病者の手当ての協力を申し出ています。この厚意に応接係・村垣範正(むらがき のりまさ)はいたく感服したと伝えられています。(下田市役所 観光ページ)

本殿・本堂
本堂内
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この津波により下田の町は壊滅状態の大惨事でした。湾内が空になるほど潮のひいた後、停泊していたディアナ号も津波に巻き込まれ、42回転したとも伝えられています。

本殿・本堂
不二山 福泉寺(曹洞宗)本堂です。
安政の大津波
第2回目の日露交渉を約束して別れた次の日、嘉永7年(1854)11月4目午前10時ころ、突然大地震とともに大津波が下田湾を襲います。地震は2回、津波は幾度となく押し寄せ、町内の家屋はほとんど流失倒壊し、溺死者等122人、戸数875戸のうち841戸が流失全壊、30戸が半壊、無事の家はわずかに4戸しか残りませんでした。また、波が下田富士の中腹まで駆け上がり、大船が「本郷たんぼ」まで押し流されたとも言われています。

その他建物
福泉寺のお参りです。
入口に、「日露談判下田最初の応接所跡」の石碑があります。
(ロシアの使節プチャーチンと日本側が最初に交渉を行った場所)
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