御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方宗閑寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年05月06日(火) 05時48分52秒
参拝:2025年5月吉日
後北条氏の山城、山中城ハイキングに行った際に立ち寄りました。三の丸の裏手にある浄土宗のお寺、宗閑寺。豊臣秀吉による「小田原攻め」の際、激しい攻城戦の舞台となり、戦死した守備側の副将間宮康俊の娘により創建されました。
境内には間宮康俊の墓に加えて同じく戦死した城主松田直長の墓、そして寄手の豊臣側の一柳伊豆守直末(ひとつやなぎいずのかみなおすえ)の墓も「仲良く」並んでいます。松田直長の墓の上部には、クルス様の紋様も彫られています。隠れキリシタンだったのか?
戦死した武将が敵味方区別なく同じ寺の境内で手厚く葬られている。その墓が守られているのは、地元の人々のお陰。それだけこの地の人々が後北条氏への敬慕の念、戦死者への思いを忘れなかった事を物語っています。
墓の間にそびえ立ち、墓を守るかの様に見える大きな樹木。このお寺と墓の長い歳月を共に過ごして来たのだろうか。今の自分達も謙虚に昔の人々から学ばねばならないと深く感じました。
境内には間宮康俊の墓に加えて同じく戦死した城主松田直長の墓、そして寄手の豊臣側の一柳伊豆守直末(ひとつやなぎいずのかみなおすえ)の墓も「仲良く」並んでいます。松田直長の墓の上部には、クルス様の紋様も彫られています。隠れキリシタンだったのか?
戦死した武将が敵味方区別なく同じ寺の境内で手厚く葬られている。その墓が守られているのは、地元の人々のお陰。それだけこの地の人々が後北条氏への敬慕の念、戦死者への思いを忘れなかった事を物語っています。
墓の間にそびえ立ち、墓を守るかの様に見える大きな樹木。このお寺と墓の長い歳月を共に過ごして来たのだろうか。今の自分達も謙虚に昔の人々から学ばねばならないと深く感じました。
すてき
投稿者のプロフィール

くろぶつ102投稿
千葉県在住、男性。 若い頃から歴史好きで、旅先や近場のお出掛けの際にはその土地の神社仏閣にお参りするのが楽しみでした。その他では古城や城下町・武家屋敷巡りなど。 しかし、名城巡りのスタンプ帳や...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。














