ろくおんじんじゃ
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楽しみ方鹿苑神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年12月08日(月) 11時45分32秒
参拝:2025年9月吉日
遠江國式内社巡り 其の十三
■神社名 鹿苑神社(ロクオンジンジャ)
■御鎮座 磐田市二之宮
■御祭神 大穴牟遅命(大国主命)
■御例祭 十月第一土曜日曜日
■式内社 遠江國六十二座磐田郡十四座
鹿苑神社(カソノノカミノヤシロ)
■旧社格 郷社
遠江國二宮
鹿苑神社は延喜式神名帳の遠江国六十二座磐田郡十四座の一社に列する古社です。
◆遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、磐田郡は天竜川と太田川に挟まれた現磐田市を中心とした一帯の辺りを示します。
(遠江国府はこの磐田郡見附に置かれました)
履中天皇四年(五世紀初め頃)に周智郡杉村神戸島(現在の浜松市天竜区春野町杉)に創建され、以来五百年程の間当地にて遠江國二之宮として崇敬されました。
(遠江國一之宮は周智郡森町小國神社)
律令制度下に於いては国司が正月に一之宮、二之宮と巡拝されるのが習わしとされましたが、当地が国府からみても山間僻地に在った為、「政府の御偉いさん、行くの大変じゃね?」ということで、元慶三年(八七九)に現在地に遷座されました。
神社御社号は御創建の当地に於いては宮中に乾鹿壱石(乾燥させた鹿肉)を奉納するために、神域に鹿を囲っていたことに由来しています。
往時は一之宮小國神社に準ずる程の広大な社殿と三百石の社領を有していましたが、戦国時代の兵火などにより失われてしまいました。
現在は住宅街の一角に割とこじんまりとして在る境内ですが、姿は変わっても郷土の歴史を今に伝える大切なお社の一つとなっています。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
■神社名 鹿苑神社(ロクオンジンジャ)
■御鎮座 磐田市二之宮
■御祭神 大穴牟遅命(大国主命)
■御例祭 十月第一土曜日曜日
■式内社 遠江國六十二座磐田郡十四座
鹿苑神社(カソノノカミノヤシロ)
■旧社格 郷社
遠江國二宮
鹿苑神社は延喜式神名帳の遠江国六十二座磐田郡十四座の一社に列する古社です。
◆遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、磐田郡は天竜川と太田川に挟まれた現磐田市を中心とした一帯の辺りを示します。
(遠江国府はこの磐田郡見附に置かれました)
履中天皇四年(五世紀初め頃)に周智郡杉村神戸島(現在の浜松市天竜区春野町杉)に創建され、以来五百年程の間当地にて遠江國二之宮として崇敬されました。
(遠江國一之宮は周智郡森町小國神社)
律令制度下に於いては国司が正月に一之宮、二之宮と巡拝されるのが習わしとされましたが、当地が国府からみても山間僻地に在った為、「政府の御偉いさん、行くの大変じゃね?」ということで、元慶三年(八七九)に現在地に遷座されました。
神社御社号は御創建の当地に於いては宮中に乾鹿壱石(乾燥させた鹿肉)を奉納するために、神域に鹿を囲っていたことに由来しています。
往時は一之宮小國神社に準ずる程の広大な社殿と三百石の社領を有していましたが、戦国時代の兵火などにより失われてしまいました。
現在は住宅街の一角に割とこじんまりとして在る境内ですが、姿は変わっても郷土の歴史を今に伝える大切なお社の一つとなっています。
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四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
すてき
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ナオ ユキオ350投稿
よさこい✕御朱印 よさこい踊りのお祭りでは、高知の「よさこい祭り」、札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」そして名古屋の「にっぽんど真ん中祭り」が三大よさこい祭りと云われているそうです。 ...もっと読む
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