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あかおしぶたれこうりべじんじゃ

赤尾渋垂郡辺神社のお参りの記録(1回目)
静岡県袋井駅

投稿日:2025年12月28日(日) 19時24分48秒
参拝:2025年11月吉日
遠江國式内社巡り 其の二十一

■神社名 赤尾渋垂郡辺神社
     (アカオシブタレコウリベジンジャ)

■御鎮座 袋井市高尾

■御祭神 息長足姫命(神功皇后)
     譽陀和気命(応神天皇)
     玉依姫命

■御例祭 十月十五日

■式内社 遠江國六十二座山名郡四座
     郡邊神社(コヲリヘノカミノヤシロ)

■旧社格 郷社

赤尾渋垂郡辺神社は延喜式神名帳の遠江国六十二座山名郡四座に列する、郡邊神社の論社とされる古社です。
◆遠江國は現在の静岡県西部の大井川以西、山名郡は袋井市並びに森町の大部分と隣接する磐田市東部の辺りを示します。

赤尾渋垂郡辺神社は元々は赤尾神社、渋垂神社、郡辺神社に分かれお祀りされていましたが、明治時代に合祀され現在の特徴的に長い御社名となっています。

郡辺神社の創祀は、奈良時代前期の養老元年(717年)遠江国造の御霊を勧請したのが始まりとされています。袋井市の西通に鎮座されていましたが、明治二十二年東海道本線開通による袋井駅周辺開発のため現在地に遷座されました。

赤尾神社、渋垂神社の両社はともに延喜元年の「日本三代実録」に記載のある「国史見在社」でありましたが、明治一七年に現在地である赤尾神社に渋垂神社が合祀されています。

神仏習合の時代の赤尾神社境内には、天平十一年(739)行基菩薩により赤尾山長楽寺が開山され隆盛したと伝わりますが、戦国時代には兵火にも晒され、明治の神仏分離令により廃寺となりました。

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袋井市街を抜けて法多山にお参りに向かう際によく神社の前は通っていて、「長い御社名だな~」とは思ったりしていたのですが、今回初めて参拝に上がり、その御由緒などを調べてみるにつけ、ひとつの神社にも色々な変遷をたどりながら今日まで続いている事を改めて認識した次第です。
(神仏習合や神仏分離、遷座や合祀など大方は人間社会の都合なのですが、、)

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四季折々の催しや限定の御朱印をお受けするのも楽しみではありますが、今改めて地元遠州の古社式内社を巡らせていただき造詣を深めよう、と思い立っての巡拝です。
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赤尾渋垂郡辺神社の御朱印
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)
赤尾渋垂郡辺神社(静岡県)

すてき

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