おくにじんじゃ
小國神社の編集履歴
住所
周智郡森町一宮3956-1
編集前:周智郡森町一宮3956番地の1
ご由緒
創祀は神代と伝えられ上代の事で詳らかではありませんが、延宝8年(1680)の社記によると、人皇第29代欽明天皇の御代16年(555)2月18日に本宮峯(本宮山)に御神霊が鎮斎せられました。後に、都より勅使が差遺せられ、山麓約6kmの現在地に社殿を造営し、正一位の神階を授けられました。
それ以来、年々奉幣に預り勅使が下向され、文武天皇大宝元年(701)春18日に勅使奉幣の際、特に十二段の舞楽を奉奏されました。 延喜7年(907)の延喜式では式内社に列せられ、中世には武将をはじめ朝野の崇敬が極めて篤く近世に至りました。
元亀3年(1572)の戦では、徳川家は御神霊を別所に遷し、願文と三条小鍛治宗近作の太刀を奉り戦勝を祈願した後、社殿を全て焼失しました。天平3年(1575)に勝利を得た徳川公は、御本殿の造営、拝殿・楼門を再建され、更に社領五百九十石の朱印を奉り、以降代々の徳川将軍家より、社殿の改造・修復料を寄進されました。
明治6年6月13日に国幣小社に列せられ、明治15年3月に再度の火災により御本殿以下建造物などことごとく失いましたが、明治19年に復興され現在に至っております。
平成17年には御鎮座一四五〇年祭が斎行され、「遠江國一宮さま」として崇敬され親しまれております。
編集前:創祀は神代と伝えられ上代の事で詳らかではありませんが、延宝8年(1680)の社記によると、人皇第29代欽明天皇の御代16年(555)2月18日に本宮峯(本宮山)に御神霊が鎮斎せられました。後に、都より勅使が差遺せられ、山麓約6kmの現在地に社殿を造営し、正一位の神階を授けられました。
それ以来、年々奉幣に預り勅使が下向され、文武天皇大宝元年(701)春18日に勅使奉幣の際、特に十二段の舞楽を奉奏されました。 延喜7年(907)の延喜式では式内社に列せられ、中世には武将をはじめ朝野の崇敬が極めて篤く近世に至りました。
元亀3年(1572)の戦では、徳川家は御神霊を別所に遷し、願文と三条小鍛治宗近作の太刀を奉り戦勝を祈願した後、社殿を全て焼失しました。天平3年(1575)に勝利を得た徳川公は、御本殿の造営、拝殿・楼門を再建され、更に社領五百九十石の朱印を奉り、以降代々の徳川将軍家より、社殿の改造・修復料を寄進されました。
明治6年6月13日に国幣小社に列せられ、明治15年3月に再度の火災により御本殿以下建造物などことごとく失いましたが、明治19年に復興され現在に至っております。
平成17年には御鎮座一四五〇年祭が斎行され、「遠江國一宮さま」として崇敬され親しまれております。
アクセス
JR「掛川駅」にて「天竜浜名湖鉄道」へお乗換え→ 「遠江一宮駅」下車 (約30分)
天竜浜名湖鉄道「遠江一宮駅」より送迎マイクロバス(日曜日及び指定日運行)にて約10分
編集前:JR「掛川駅」にて「天竜浜名湖鉄道」へお乗換え。 → 「遠江一宮駅」下車。(約30分)
天竜浜名湖鉄道「遠江一宮駅」より送迎マイクロバス(日曜日及び指定日運行)にて約10分
参拝時間
参拝/24時間
社務所/9:00〜16:30
編集前:社務所:09:00〜16:30
駐車場
鳥居付近ほか
編集前:あり
トイレ
鳥居付近
編集前:あり
参拝所要時間
約20分
編集前:約20分
行事
4月18日に近い土、日曜(氏子入り奉告祭/十二段神楽奉奏)
編集前:4月18日に近い土、日曜日(氏子入り奉告祭/十二段神楽奉奏)
御朱印の説明
真ん中に小國神社の文字が書かれ、右上に遠江國一之宮、真ん中に小國神社の印が入っています。
御朱印帳には御祭神である大黒様ゆかりの小槌がモチーフに。
編集前:真ん中に小國神社の文字が書かれ、右上に遠江國一之宮、真ん中に小國神社の印が入っています。
御朱印帳には御祭神である大黒様ゆかりの小槌がモチーフに。