つばきじんじゃ
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楽しみ方椿神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月07日(水) 20時13分21秒
参拝:2025年12月吉日
近江国伊香郡の式内論社です。御祭神は猿田彦神さまとされており、応神天皇さまが武内宿禰さまに連れられ角鹿に向かう途中に当地で迷ってしまい、武内宿禰さまが猿田彦神さまの助けを借りて無事到着したという伝承があります。その際に猿田彦さまが降りたという椿の木を祀ったのが当社の始まりとされています。

《社号碑》
現在は木之本町小山の八幡神社の境外末社として扱われています。
現在は木之本町小山の八幡神社の境外末社として扱われています。

《表参道》
民家の裏に密かに参道があります。
民家の裏に密かに参道があります。

《社殿》🙏
👁チェックポイント‼️
この応神天皇さまと武内宿禰命さまが角鹿に向かわれた後に行われたのが応神天皇さまと伊奢沙別命さまとの間で行われた「名前の交換」です。「易名説話」と呼ばれる伝承で、応神天皇さまの名を借りた伊奢沙別命さま(またはその奉斎一族)との服属儀礼であったとされています。この伝承があったからこそ現在の気比神宮があり、後世の影響としては応神天皇さまの子孫である継体天皇さままで皇孫一族が敦賀や湖北地方を治めることができた由縁であるとされています。
👁チェックポイント‼️
この応神天皇さまと武内宿禰命さまが角鹿に向かわれた後に行われたのが応神天皇さまと伊奢沙別命さまとの間で行われた「名前の交換」です。「易名説話」と呼ばれる伝承で、応神天皇さまの名を借りた伊奢沙別命さま(またはその奉斎一族)との服属儀礼であったとされています。この伝承があったからこそ現在の気比神宮があり、後世の影響としては応神天皇さまの子孫である継体天皇さままで皇孫一族が敦賀や湖北地方を治めることができた由縁であるとされています。

《石塔》
ちなみに椿神社の論社には他に余呉町椿坂の八幡神社が挙げられており、椿神社が合祀されていることと、その北側に椿神社跡地があります。
ちなみに椿神社の論社には他に余呉町椿坂の八幡神社が挙げられており、椿神社が合祀されていることと、その北側に椿神社跡地があります。

《参道入り口》
この消火栓を見つけることができれば、この奥に見える社号碑を確認することができます。
この消火栓を見つけることができれば、この奥に見える社号碑を確認することができます。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1711投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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