いそべじんじゃ
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石部神社ではいただけません
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石部神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年04月24日(水)
参拝:2024年4月吉日
愛知郡愛荘町で神社巡りに行ってきました。
延喜式内社で崇神天皇の御代天日方奇日方命を祀っています。
後年神託により国造大名牟遅命を相殿に勧請し、垂仁天皇の御代に天照大神を半歳奉安したことにより元伊勢乃石部之宮と称し、天照大神を主神として奉斎しました。天正年間、僧行基が大日如来、十一面観音、延命地蔵の三軀を本地仏として配祀することもありました。
武家の尊敬も篤く、後鳥羽上皇は戦勝御祈願のため名刀と菊桐の紋章を奉納されたとも伝えられています。再三兵火に遭っていますが都度復旧し、明治初年石部神社と改称しました。
本殿、祝詞殿、中門等は昭和4年の神宮御遷座の古材によって建設されたものです。
かつては上社と下社に分かれていましたが、応仁の乱で上社は罹災し、下社(現在地)境内に移されたと伝わります。上社の跡地は、現在は石部神社の御旅所となっています。
本殿の右奥に位置する境内社は上ノ社と呼ばれ、寛政3年の棟札が残り、もとは本殿でしたが、新本殿造営のため昭和18年に現在地に移築されました。
延喜式内社で崇神天皇の御代天日方奇日方命を祀っています。
後年神託により国造大名牟遅命を相殿に勧請し、垂仁天皇の御代に天照大神を半歳奉安したことにより元伊勢乃石部之宮と称し、天照大神を主神として奉斎しました。天正年間、僧行基が大日如来、十一面観音、延命地蔵の三軀を本地仏として配祀することもありました。
武家の尊敬も篤く、後鳥羽上皇は戦勝御祈願のため名刀と菊桐の紋章を奉納されたとも伝えられています。再三兵火に遭っていますが都度復旧し、明治初年石部神社と改称しました。
本殿、祝詞殿、中門等は昭和4年の神宮御遷座の古材によって建設されたものです。
かつては上社と下社に分かれていましたが、応仁の乱で上社は罹災し、下社(現在地)境内に移されたと伝わります。上社の跡地は、現在は石部神社の御旅所となっています。
本殿の右奥に位置する境内社は上ノ社と呼ばれ、寛政3年の棟札が残り、もとは本殿でしたが、新本殿造営のため昭和18年に現在地に移築されました。
駐車場らしい場所がありましたが、チェーンが掛かっていて入れませんでした
第二鳥居
本殿、祝詞殿、中門等は神宮御遷座の古材によって建設されました
上ノ社
現在は境内社として祀られています
現在は境内社として祀られています
神社の近くを新幹線が走っています
すてき
投稿者のプロフィール
ゆきち1853投稿
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