かわらやじ|臨済宗妙心寺派|石崎山
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聖徳太子が四天王寺を建立する際に当地の土で瓦を10万6千枚を造らせたのが寺名の由来。 平安時代には東大寺末寺(華厳宗)として繁栄し、後に比叡山延暦寺末寺(天台宗)となる。織田信長公が山中の箕作山城を攻める際に、御堂は焼討ちされ焼失されるが仏像は無事に搬出され難を逃れる。 現在は臨済宗妙心寺派として江戸初期(正保年間)に本堂を再建され現在に至る。
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