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うまじいそべじんじゃ

馬路石邊神社の御由緒・歴史
滋賀県 守山駅

ご祭神素盞嗚命,大己貴命
創建時代白鳳三年(674年)
ご由緒

社伝によれば、創祀は白鳳三年 建速須佐之男命を奉斎し、朱鳥元年、大己貴命を合祀したことに始まると云う。社名の馬路は、平城京跡出土木簡『益珠郡馬道郷石邊玉足』森ノ内遺跡出土木簡『馬道首』に見える地名、和名抄「按馬路駅家ハ郷名也」にみえる古郷であり、石邊とは馬道郷の土豪 石邊君氏の姓で、馬道(路)郷の石邊君の氏の社である。延喜式神名帳記載の式内社で、中世には江州田中荘(吉身・守山・播磨田・金森市三宅)の総鎮守 田中大明神、田中天王社と崇められた。その森は天王の森と呼ばれ、広大な原生林に覆われ、近江輿地志略 田中大明神社の頃には「吉身村ニアリ村ノ北街道ノ傍林ノ中ニアリ其森ヲ天王ノ森ト云、大己貴命正一位田中大明神ト號ス。祭禮毎年四月二ノ戌ノ日、土俗云、白犬ヲ神使トス」と記されている。弘仁年間、嵯峨天皇の病気平癒祈願の為、氏子が水垢離をし平癒祈願の功により、神領と饗の御膳が寄進された。又この時、山野井の姓と竹輪に九枚笹の御紋が下賜され、正月には饗の神事が氏子宅により今も続けられている。弘治二年、六角氏により楼門が再建され、祭礼に奉行を派出し篤い崇敬を受けた。
祭礼行列書なる古書に○神馬○三種ノ神器○旗付鉾吹流シ○神輿三基○カネと踊り 笛太鼓 カネ音戸取 ○神官騎馬○禰宜○領主供奉行行列○村ノ士分麻上下帯刀と当時の祭礼模様がしるされている。元亀・天正の野洲川を戦場とする争乱によって、社殿に隣接し白鳳時代に建立された益須寺と共に社殿、神宝、古記類を焼失。江戸時代に社殿が再興されたが、天明四年に再び火災に遭い、現社殿は文久二年に再建、社頭整備も逐次進められ明治九年には村社に、明治十四年には郷社に列した。祭礼には神輿の渡御と共に、天下泰平・五穀豊穣を祈る古式踊(豊年踊)が奉納される。

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