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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※兵主大社ではいただけません

ひょうずたいしゃ

兵主大社

滋賀県 野洲駅

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0775892072

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

兵いち御朱印めぐり(第1番)

ご利益

兵主大社について

平安の庭


国指定名勝の庭園が広がっています。近年の発掘調査により平安時代の州浜敷護岸が発見され園地に水を引くための導水路、排水路なども見つかり神社の境内地に大規模な庭園が築かれたことが分かってきました。

兵主祭


五月五日に斎行される春季例大祭は末社十八社から神輿、太鼓三十数基が総氏神である兵主大社に一年に一度集う形の祭りです。「ちょいとさ」の掛け声が勇ましい壮観な祭りです。

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惣一郎
2022年05月29日(日)
963投稿

【近江國 式内社巡り】

兵主大社(ひょうず・たいしゃ)は、滋賀県野洲市五条にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は県社。主祭神は八千矛神(大国主命)、配祀神は手名椎神、足名椎神。正式名称は「兵主神社」だが、通常は「兵主大社」と称する。当社の「八ヶ崎(やつがさき)神事」は日本遺産になっている。

社伝によると、第12代景行天皇の御代128年に天皇は皇子・稲背入彦命に命じ大和國穴師(奈良県桜井市、現・穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ崇敬した。近江國高穴穂宮への遷都に伴い、穴太(滋賀県大津市穴太、元兵主)を社地と定め遷座した。のち欽明天皇の御代(539年~571年)播磨別らが琵琶湖東岸に移住する際、再び現在地に遷座し、奈良時代の718年社殿を造営したとされる。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「近江國 野洲郡 兵主神社 名神大」に比定されている。また、1180年には花山天皇から正一位勲八等兵主大神宮の勅額を下賜されている。中世には「兵主」は「つわものぬし」と読めることから武家の信仰を受け、源頼朝による神宝の寄進、足利尊氏による楼門の造営があり、江戸時代には徳川将軍家から社領の寄進等、厚い保護を受けた。明治時代に入り、近代社格制度のもと県社に列格した。

当社は、JR琵琶湖線・野洲駅の北方6kmの耕作地の端の平地にある。境内はかなり広くて、境内南端の鳥居からだと、北に300m、西に150m進んでやっと社殿に到達する。立派な楼門、広い参道、大きな社殿も素晴らしいが、有料拝観の庭園も見事。平安時代後期の作庭と言われ、国も名勝、日本遺産にもなってある。花が好きな人には気合の入った美しい花手水も必見。

今回は、近江國の式内社、滋賀県の旧県社であることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、参拝者は自分以外に数人見掛けた。

※神田神社(真野)の宮司さんに当社をおすすめされたが、その言に違わず素晴らしい神社だった。(o^―^o)

兵主大社の鳥居

境内南東端入口全景。

兵主大社の鳥居

<一之鳥居>と<社号標>。鳥居の先の果てが見えない。スゴイ!(^_^;)
ここからしばらく、参道の左側は中学校、右側は公道。

兵主大社(滋賀県)

一之鳥居から北に300m(!)進むと参道は左に曲がる。正面は<二之鳥居>で、<太鼓橋>を渡って進む。

兵主大社(滋賀県)

二之鳥居の左側の<狛犬>。かなり古いものなのか、修復跡がすごい。

兵主大社(滋賀県)

二之鳥居の右側の<狛犬>。こちらは劣化が穏やか。

兵主大社(滋賀県)

右側の<狛犬>の後ろにある<手洗御前社>。

兵主大社の山門

二之鳥居をくぐって正面に建つ<翼殿付楼門>。戦国時代1550年の再建。社伝によると足利尊氏の寄進とされている。

兵主大社(滋賀県)

右翼殿の上部には扁額が掛かっていて、左から順に<戸津神社>、<狩上神社>、<矢放神社>とある。

兵主大社(滋賀県)

左翼殿には<矢取神社>、<浅殿神社>、<二ノ宮神社>とある。二ノ宮神社以外はいずれも聞き慣れない社号。氏子地域ごとの地名かな?(。´・ω・)?

兵主大社(滋賀県)

楼門をくぐると、社殿まで広く長く真っ直ぐな参道が伸びている。

兵主大社(滋賀県)

楼門をくぐってすぐ右手に鳥居が立っている。大きな境内社<乙殿神社>。社号標には「村社 乙殿神社」とある。元は別の場所にあって合祀したのかな。

兵主大社の手水

<乙殿神社>の手水舎。

兵主大社(滋賀県)

<乙殿神社>の社殿は瑞垣で囲われ、中門前で参拝する形式。

兵主大社(滋賀県)

<乙殿神社>の社殿。右側の小社は<天満宮>。

兵主大社(滋賀県)

参道を100mほど進むと右側にある<社務所>。近くには参集殿、斎館、参拝者休憩所(庭園資料館)がある。
御朱印および庭園の参観受付はこちら。

兵主大社の手水

さらに進み参道左側にある<手水舎>。

兵主大社の手水

とっても豪華で綺麗な<花手水>。

兵主大社(滋賀県)

<拝殿>全景。江戸時代後期1843年の再建、1941年改築。間口十七間三尺、奥行四間三尺、入母屋造脇拝殿付。
左右に翌殿が広がり、造形も美しく立派。

兵主大社(滋賀県)

拝殿前左側の<狛犬>。願い事と住所・氏名が書かれた白い紐が巻かれている。当社独特の風習なのかな。

兵主大社(滋賀県)

拝殿前右側の<狛犬>。怪我人みたいでちょっと可哀想な見た目...(^_^;)

兵主大社(滋賀県)

拝殿中央部全景。二重屋根。

兵主大社の建物その他

拝殿から振り返った眺め。長い参道が抜けていて気持ち良い。

兵主大社の建物その他

拝殿に向かって右手のエリアを見て廻る。こちらは「名勝 兵主神社庭園」の石碑と入口。ただ、実際の入口は拝殿に向かって左側(この後方)にある。

兵主大社(滋賀県)

庭園入口の左側にある<神饌所>。

兵主大社(滋賀県)

旧護摩堂の左側には<神武天皇遙拝所>と<祓所>。

兵主大社(滋賀県)

祓所の左側にある<旧護摩堂>。不動明王立像を安置。江戸時代までは神仏習合が進んでいて、仏教色を残す多くの宝物が残存しているとのこと。

兵主大社(滋賀県)

本殿を囲む瑞垣の外側に建つ境内社。<両皇太神宮>かな。

兵主大社(滋賀県)

拝殿後ろの瑞垣で囲われた<本殿>。江戸時代前期1643年の再建。間口三間、奥行三間三尺、一間社流造。

兵主大社の建物その他

ここで社務所に向かい、社務所から拝殿を望む。御朱印を拝受し、庭園の参観券を購入。

兵主大社の庭園

拝殿の左側にある小さな木製扉をくぐって庭園内に入る。

兵主大社の庭園

楼門と本殿を結んで軸とすると、現在の庭園はその南側のみだが、平安時代後期の作庭当時は北側にも対称形の庭園が存在したとのこと。

兵主大社(滋賀県)

この位置からだと、大きな社殿全体が一枚の画角に入る。(^▽^)/

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歴史

「兵主大明神縁起」によれば、現鎮座地へ遷座したのは養老二年(718)と伝わる。 
「兵主」を「つわものぬし」と読むことにより、中世には武将の信仰が厚く、源頼朝、足利尊氏による社殿の造営をはじめ数多くの武器、武具類の寄進があり社宝として伝わる。
一方では旧不動堂、不動明王立像をはじめ仏教色を残す宝物が多く残存し、当社の信仰圏の広さがうかがえる。

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兵主大社の基本情報

住所滋賀県野洲市五条566番地
行き方
アクセスを詳しく見る
名称兵主大社
読み方ひょうずたいしゃ
参拝時間

授与所:09:00〜17:00

参拝にかかる時間

20分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0775892072
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
SNS

詳細情報

ご祭神八千矛神(大国主神)
創建時代景行天皇五十八年
創始者稲背入彦命
本殿一間社切妻造
札所など

兵いち御朱印めぐり(第1番)

ご由緒

「兵主大明神縁起」によれば、現鎮座地へ遷座したのは養老二年(718)と伝わる。 
「兵主」を「つわものぬし」と読むことにより、中世には武将の信仰が厚く、源頼朝、足利尊氏による社殿の造営をはじめ数多くの武器、武具類の寄進があり社宝として伝わる。
一方では旧不動堂、不動明王立像をはじめ仏教色を残す宝物が多く残存し、当社の信仰圏の広さがうかがえる。

体験祈祷おみくじ御朱印お守り重要文化財祭り武将・サムライ花の名所札所・七福神巡り伝説

Wikipediaからの引用

概要
兵主大社(ひょうずたいしゃ)は、滋賀県野洲市にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は県社。正式名称は「兵主神社」であるが、通常は「兵主大社」と称する。 「兵主」の神を祀る神社は日本全国に約50社あり、延喜式神名帳には19社記載されているが、その中で名神大社は当社と大和国穴師坐兵主神社・壱岐国兵主神社のみである。 2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される。
歴史
歴史[編集] 社伝「兵主大明神縁起」によれば、景行天皇58年、天皇は皇子・稲背入彦命に命じて大和国穴師(奈良県桜井市、現・穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ、これを「兵主大神」と称して崇敬した。近江国・高穴穂宮への遷都に伴い、稲背入彦命は宮に近い穴太(滋賀県大津市穴太)に社地を定め、遷座した。欽明天皇の時代、播磨別らが琵琶湖を渡って東に移住する際、再び遷座して養老2年(718年)、現在地に社殿を造営し鎮座したと伝え、以降、播磨別の子孫が神職を世襲している。また、中国の八神信仰に由来する兵主の神を渡来人が祀り、但馬国を中心に広まったともいう。 延喜式神名帳では名神大社に列し、治承4年(11...Wikipediaで続きを読む
アクセス
アクセス[編集] 交通 JR西日本 東海道本線(琵琶湖線) 野洲駅から下記のバスに乗車。 南口:野洲市コミュニティバスで五条自治会館停留所下車、徒歩3分。 北口:近江鉄道バスで兵主大社前停留所下車、徒歩5分。 駐車場 普通車40台、大型車5台 見学 境内自由 庭園 - 一般300円、学生200円、団体(10名以上)250円 庭園・収蔵庫(要予約) - 一般500円、学生300円、団体400円
行事
祭事[編集] 兵主祭(5月5日)
引用元情報兵主大社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%85%B5%E4%B8%BB%E5%A4%A7%E7%A4%BE&oldid=89645657

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