ぼだいぜんじ|黄檗宗|圓満山
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菩提禅寺へ。黄檗宗とまたレアな😅山門は無く参道入り口には寺号標と重文・木造阿弥陀如来の案内板。階段を昇り境内へ。庫裏書院と本堂、石塔(法華塔)に墓地といった感じでした。書院にインターホン見当たらないなぁとウロウロしていると書院の裏手で年配の男性を発見😲ご住職でしたのでお詣りできるかお尋ねすると本堂開けますんで本堂前でお待ちくださいとありがたいお言葉😊本堂中央はもちろん阿弥陀如来😍最初は室町の頃と言われていたのが後に平安時代のものとなったそうで、元国宝、現在は重文指定です。ご住職のお話では仏様は中が空洞になっていて胎内仏やお経が納められていることが多いがこの仏様は「籾・岩塩・梅干し」が入っていたのだそう😲また阪神淡路の震災時に転倒されたため特殊技術でコーティングされているらしい(世界で一社しか持ってない技術らしい)ですが全くわかりません😲御写真は「文化庁がうるさいのよ」とのことでしたので断念。代わりにお寺のパンフレットをいただきました。御朱印をお願いすると書院でお書きしますんでとのことで書院に。待っていると案の定雨が・・・😭御朱印拝受し、このお寺と少菩提寺のことや今の仏教のお話など色々聞かせていただき気が付けば30分ぐらい😅雨もやみそうにないのでお礼を述べてまたご縁があればと後にしました。
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滋賀県の湖東・湖南地区の寺社仏閣巡りの3箇所目は、1、2箇所目と同じく湖南市に在る円満山 菩提禅寺です。
黄檗宗で、本尊は阿弥陀如来。
この本尊・阿弥陀如来立像は重文です。
また境内にある少菩提寺の遺品と伝わる石造地蔵菩薩立像は市指定文化財です。
東大寺の初代別当の良弁僧正が、731年に国家鎮護祈願の大道場として建立したのが少菩提寺であり、当時は七堂伽藍で37の坊・院があったが、1570年の織田信長の兵火により殆どが消失し、少菩提寺は再興されず廃寺となった。江戸時代になり少菩提寺の阿弥陀院の跡地に、1723年に黄檗宗の宗祖・隠元の法孫である寂門道律禅師を開基として正禅庵が建立され、1926年に寺号を菩提禅寺に改めたとの事です。
(野洲川の対岸にある(と言っても結構離れているが)同じく良弁が建立した金勝寺は大菩提寺と呼ばれた。)
本堂は開いているのか?本尊は厨子に入っていて開扉されていのか?開帳日とかあるのか?等が不明のため、直接電話してお聞きしようと数回架電してみたが呼び出し音が続くのみ。仕方無いのでダメ元で行ってみる事にしました。
名神高速のPAの名に菩提寺はあるし、菩提寺という地名もあるので大寺院だろうと行ってみましたが寺院への道案内看板は見当たらない。県道27号から1本中に入るとまあ細い道ばかりでうろうろ走り回ったがさっぱりわからず。そうこうしてたら「菩提禅寺」という小さめの看板を見付けたが車は入れそうもない小道。近くに駐車場らしき所を見付け、停めさせて貰いました。徒歩で看板の所を少し上がって行くと寺号柱があったので一安心。寺号柱から石段を上がって行くと開けた境内に出ました。すると幕は張ってあるし、パイプテントも建てられています。施餓鬼会の様です。
境内の建物は本堂と庫裏のみで、暑いので皆さんは庫裏の中にいらっしゃいます。法要が何時からなのかわからないし、部外者ですし、どうしたものかと思っていたら、檀家の方が出てきて「法要は13時からなので参拝して貰って構わない。」との事でしたのでそれではと本堂に上がらせて頂きました。
内陣真ん中の三方の幕に囲まれた本尊・阿弥陀如来立像。外陣からの拝観ですので、やや距離があって細部まではわかりませんでした。高さ約110cm、すらっとしていて、衣文も綺麗、平安時代後期の作と思われます。
法要開始前でご住職はご多忙だから御朱印を頂くのは控えようかなと思いましたが、先程の檀家の方がご住職に確認して頂いていてOKとの事で、御朱印を頂きました。その時にご住職から「今日は法要があるためゆっくりできないが、また別の日にゆっくり来てくれ。」と仰有って頂きましたので、機会があれば伺いたいと思います。

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