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むちざきじんじゃ(はちまんぐう)

鞭崎神社(八幡宮)の御由緒・歴史
滋賀県 南草津駅

ご祭神應神天皇
神功皇后
武内宿禰
住吉大神
菅原道真公
創建時代白鳳四年(676年)
創始者大中臣清麿
ご由緒

鞭崎神社は元々「矢橋八幡宮」と呼ばれていました。矢橋八幡宮は天武天皇の命により中臣家の子孫、大中臣清麿が白鳳四年(西暦676年)二月十 一日に此処矢橋の地に創建した。 いわゆる「勅願の宮」である。
天智天皇が近江に都を移したが、その後、大海人皇子(のちの天武天皇)が、兄である大友皇子(天智天皇の皇子)と皇位継承を争った壬申の乱 (西暦672年)から僅か四年後のことである。
天武天皇は、二十年毎の伊勢神宮式年遷宮の制を創設するなど、敬神の念が厚く、この地に矢橋八幡宮を創建させ四町四方を社地とし、神主・紀 是尚(き よしかみ)をして皇位の長からんことを願う宝祚(ほうそ)延長を祈願させた。
この事より勅願の宮として、今に息づいている。(勅願とは天皇の祈願に基づいて建立された社寺)
矢橋の地名は古く、万葉集にも
"淡海のや 矢橋の小竹を 矢着かずて
  まことありえめや 恋しきものを"(万葉集巻 7)
と詠われているように古くより開けており、東海北陸方面より京洛に至る交通の要衝であるため、人馬の往来が激しく、歴史上 の多くの人物がこの地を通過の際、矢橋八幡宮を参拝した。

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