えんまんいん もんぜき
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楽しみ方円満院門跡のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月17日(水) 15時35分46秒
参拝:2026年5月吉日
さらに🚗で南へ走り圓満院門跡様へ向かいました。
御本尊は金色不動明王をお祀りされています。
圓満院門跡様は三井寺様の「三門跡」の内の1つで
京都市左京区の聖護院門跡様と実相院門跡様と
並び称されておられます。
圓満院門跡は悟円親王によって987年に創建され
当初は「平等院」と称されていました。当時は京都の
岡崎にあったとされています。
源融(ミナモトノトオル)が構えた別荘が陽成天皇
宇多天皇そして朱雀天皇へ渡り「宇治院」という
離宮になります。そして藤原道長へと渡ります。
道長はこの別荘を大層気に入り「宇治殿」と称して
頻繁に遊興に訪れていました。そして道長がの
没後に藤原頼通が引き継ぎます。当時は末法思想が
恐ろしい速度で広まっており頼通は「宇治殿」を
お寺様へのリフォームを思い付きます。そして
当時の「三井平等院」のトップであった明尊大僧正に
その任を命じました。その際に頼通の求めに応じて「平等院」という名前をその宇治の寺院に譲り渡し
こちらの元の寺は明尊大僧正によって「圓満院」と
改名されました。
境内を散策の後で内部拝観をさせて頂きました。
内部には見事な庭園と大津絵の美術館があり
両方を心ゆくまで堪能させて頂きました(´▽`)
御本尊は金色不動明王をお祀りされています。
圓満院門跡様は三井寺様の「三門跡」の内の1つで
京都市左京区の聖護院門跡様と実相院門跡様と
並び称されておられます。
圓満院門跡は悟円親王によって987年に創建され
当初は「平等院」と称されていました。当時は京都の
岡崎にあったとされています。
源融(ミナモトノトオル)が構えた別荘が陽成天皇
宇多天皇そして朱雀天皇へ渡り「宇治院」という
離宮になります。そして藤原道長へと渡ります。
道長はこの別荘を大層気に入り「宇治殿」と称して
頻繁に遊興に訪れていました。そして道長がの
没後に藤原頼通が引き継ぎます。当時は末法思想が
恐ろしい速度で広まっており頼通は「宇治殿」を
お寺様へのリフォームを思い付きます。そして
当時の「三井平等院」のトップであった明尊大僧正に
その任を命じました。その際に頼通の求めに応じて「平等院」という名前をその宇治の寺院に譲り渡し
こちらの元の寺は明尊大僧正によって「圓満院」と
改名されました。
境内を散策の後で内部拝観をさせて頂きました。
内部には見事な庭園と大津絵の美術館があり
両方を心ゆくまで堪能させて頂きました(´▽`)
すてき
投稿者のプロフィール
れん太郎1892投稿
元々は休日に景勝地へドライブが趣味で、神社仏閣もお参りするのが好きでした。 年齢を重ねて夫婦で何か形のあるものを残したいと考えていたところ、細君より御朱印集めを提案され令和六年三月より始めました...もっと読む
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