たましきじんじゃ
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玉敷神社の御由緒・歴史
ご祭神 | 《主祭神》 大己貴命 《配祀神》 天照大御神 豊受大神 伊弉諾尊 伊弉冉尊 軻遇突智命 | |
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創建時代 | 大宝三年(703) | |
創始者 | 多治比真人三宅麿 | |
ご由緒 | 江戸時代までは「勅願所玉敷神社、久伊豆大明神」と称し、旧埼玉郡(現南北両埼玉郡)の総鎮守であり、騎西領48箇村の氏神でもあった。
國學院大學の学長を務め、紫綬褒章も受けた神道学者・河野省三はこの神社の社司も務めていた。 | |
歴史 | 歴史[編集] 社伝によれば、大宝3年(703年)、東山道鎮撫使・多次比真人三宅磨によって創建された。一説には、成務天皇6年、武蔵国造・兄多毛比命の創建ともいう。延喜式神名帳では「武蔵国埼玉郡 玉敷神社」と記載され、小社に列格している。 元は現在地の北方の埼玉郡正能村(現:加須市正能)に鎮座していた。天正2年(1574年)、上杉謙信が武蔵に出兵した際に兵火にかかり、社殿を焼失した。このとき古文書・社宝等も焼失したため、それ以前の歴史については不詳である。江戸時代に埼玉郡根古屋村(現:加須市根古屋)の騎西城大手門前に再建された後、寛永4年(1627年)ごろに現在地に遷座した。 江戸時代までは...Wikipediaで続きを読む | |
引用元情報 | 「玉敷神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E7%8E%89%E6%95%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=102264448 |
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