こまつじんじゃ
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今日は埼玉県北部へ。最初に羽生市に鎮座される小松神社様へあがらせていただきました。こちらは伊奘諾命、伊奘冉命、小松大明神(平重盛公)の三柱を御祭神としてお祀りしています。創建は景行天皇の御代(55年)、日本武尊が東方遠征の途中、この地に小祠を建立し、伊奘諾命、伊奘冉命のニ柱をお祀りしたのがその始まりと伝えられています。時が経ち、天慶三年(940)、関東で起きた平将門の乱に際し平貞盛、藤原秀郷は討伐を祈願しました。平将門討伐後、社殿が建立されました。治承三年(1179)に平重盛が亡くなった後、本殿の脇に小松大明神が建立され、平家との強い繋がりを感じます。慶安元年(1648)に羽生領七十二ヶ村の総鎮守となり現在に至っています。
羽生市は今まで街をきちんと見たことはありませんでしたが、小松神社様を通じて平家との所縁や日本武尊との所縁など今まで知らなかった事実を知ることができました。

行田を離れ、羽生へ移動。行田のみの予定でしたが、朝早く行動開始したので足を延ばしました。中規模の神社ですが、中々の見応えが有りました。
日本武尊が東征の途次に小祠を建立し、伊弉諾命と、伊弉冉命の二柱を祀ったのが始まりとされますが、社殿が建立されたのは平安時代末期、平重盛が没した後に、埋葬地の目印に銀杏が植えられ、その脇に小松大明神が祀られたのが始まりと伝えられています。小松大明神を祀る前に重盛が熊野白山権現を勧請しています。かつての小松地区は平家の荘園があったとされる地で合ったことが関係しているのでしょうか?調べていくうちに良く解らない部分が多くあり、尋ねたいのだが参拝時はお留守で御朱印も戴けなかった。神職常駐とのことでしたが、外祭などで出かけていたのでしょうか?
近くの埋没古墳が見つかったそうですが、この辺りの地中2~3メートル掘るとまだまだ発見できそうです。




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