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けんしょうじ|曹洞宗小室山

建正寺の御由緒・歴史
埼玉県 志久駅

ご本尊釈迦如来
ご由緒

建正寺は埼玉県で5番目に古い曹洞宗寺院で、古来より建正寺薬師如来はあらゆる病気を治す仏様として信仰を集めてきました。
当寺は、壽永年間(1182~1185)岩崎将監(法名 建正寺殿天應道心居士)により丸山の地に臨済宗の寺として開かれました。本堂の西側の薬師堂に安置されている薬師如来は当時の本尊様であったと思われます。
かつてこの地は堀之内と呼ばれていました。中世の武士の館のまわりが堀や垣で囲まれていたことから武士の館を堀之内といいます。このことから岩崎将監との因縁の地であったと思われます。

 
江戸時代に伊奈氏が関東郡代として丸山の地に陣屋を建てるにあたり、現在の地に移転しました。移転再興に努力をしたのが伊奈忠次で、この移転にあたり館林の龍興寺より吉州良朔 大和尚が迎えられ曹洞宗の寺として現在にいたっています。

 
安永八年(1779)正月23日に本堂が焼失し、天明4年~天明6年(1784)7月に再建されました。


江戸時代には、庶民の学校である寺子屋が当寺で始まりました。天満大自在天神尊像(天神様)が、享保17年(1732)9月25日 四世無聖卍廓 大和尚によって建立されているので、この時代に寺子屋が開かれたと思われます。その後、十二世 大胤石応 大和尚の墓石が教え子たち(筆子中)により慶応4年6月7日に立てられています。当寺の寺子屋が、明治5年8月に明治新政府の学制頒布により翌6年に当寺で小室小学校が開校しました。

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