かみたかのじんじゃ
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楽しみ方上高野神社のお参りの記録一覧

以前、幸手に来た時に見逃していました。明治の合祀政策により八坂神社(建速須佐之男命)を中心に、稲荷神社(4社・倉稲魂神)・神明社(天御中主神・天照大御神)・胡録社(於母陀流神・阿夜可志古泥神)・香取社(経津主神)・日枝社(大山咋神) ・愛宕社(火之迦具土神) ・羽黒社(伊氐波神)が合祀されています。慶長五年(1600)に、幸手宿の浪寄に鎮座していた牛頭天王社が寛保二年(1742)洪水により当地に流れ着いたため宮司を務める梅林寺家の祖先が創建されたとされています。流された年代と創建の年代が随分離れているのが気になります。元は後北条家の家臣で、主家が廃絶した後に姓を菅原から梅林寺に変えに土着し、修験となっったそうです。現在は同じ幸手市ですが、当時は異なる村だったようです。社名の神高野は村名から付けれれています。神社を廻っていて由来等を調べていると、当時の村は現在の村の概念ではなく、集落のようなものだったようですね。御朱印は日展入選の大門光熙氏による篆刻。

社号標

昭和十六年(1941)奉納の二の鳥居 一の鳥居があるのは気が付きませんでした


参道

注連柱

昭和八年(1933)奉納の狛犬



平成十三年(2001)奉納の燈籠


手水舎

慶応二年丙寅(1866)奉納の手水鉢


正徳五乙未年(1715)奉納の手水鉢


昭和四十三年(1968)建立の拝殿

拝殿側面

本殿



大正九年(1920)建立の庚申記念碑


「小御嶽社」碑

「食行身禄」供養塔

「小室浅間社」碑

「浅間大神」碑

「参明藤開道」富士講記念碑

額殿

境内社鳥居

境内社 天満宮 幸手一色氏が鎌倉の荏柄天神社に倣って勧進した幸手五天神の一つ

扁額

境内社 第六天社

中に「大六天宮」石塔と石像

境内

力石

心学者鈴木百淵の大般若経供養塔

弘化三丙午年(1846)奉納の手水鉢


境内社鳥居


境内社 稲荷神社


明治三十一年(1898)奉納の眷属の狐


燈籠


明治三庚午年(1870)奉納の燈籠


慶応二丙年(1866)奉納の燈籠


幸宮神社から向かいました。綺麗に管理されており清々しい神社でした。あいにく宮司不在で御朱印は戴けませんでしたが又伺いたいと思える神社でした。

社号標

一の鳥居

神橋

二の鳥居


参道

狛犬


拝殿

本殿

境内社

額殿

境内社 天満宮



境内社 稲荷社


力石

御朱印は、道路の反対側の宮司宅でいただき、お茶を御馳走になった。

手水舎

狛犬


拝殿

本殿

御朱印 300円。
前の御朱印の墨が着いてしまっている。(上部)

東武日光線幸手駅から徒歩10分位のところに居られます。
権現堂や幸宮神社のある北方面ではなく逆の南側に向かいます。
天下分け目、関ケ原の合戦があった1600年の創建だそうです。
明治時代にこのあたり(旧上高野村)の11くらいある神社が合祀されたそうで、例祭はその合祀された10月17日に行われているそうです。
あいにく神職さんが不在でしたので御朱印は頂けませんでしたが
不在の旨を告げる張り紙がされていて、神職さんの誠意が伝わってきました。
境内はそんなに大きくなく、公園が隣接していて、市民の憩いの場なんだろうなぁって雰囲気が伝わってきました。


昭和8年生まれの狛犬さんです。

石の欠けた感じが寄り目に見えて可愛いですね。


阿さんの黒目からも吽さんの寄り目が偶然なのがわかるかと思います。

滑り台が石ってのもなかなかハードですね。

桜がすごく良い感じでした。権現堂の帰りに参拝したのですが今日一の開花具合でした。

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