いわどのさんあんらくじ(よしみかんのん)
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楽しみ方岩殿山安楽寺(吉見観音)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月28日(水) 07時03分55秒
参拝:2024年2月吉日
埼玉県 比企郡 吉見町 御所 に境内を構える、岩殿山 安楽寺、坂東三十三観音霊場 の歴史在る寺院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024.2に参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 岩殿山、院号は 光明院、寺号は 安楽寺、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 聖観世音菩薩、坂東三十三観音霊場 第十一番札所 吉見観音 日本百観音の一つ、関東八十八ヶ所 第七十五番札所、東国花の寺百ヶ寺 埼玉 第五番札所、また、第九番札所 慈光寺、第十番札所 正法寺 と共に 比企三山とも言われている。今から約1200年前、奈良東大寺建立の折、導師を務めた行基上人がこの地に観世音菩薩像を彫り岩窟に納めたことが始まりといわれています。平安時代末期、保元平治の乱で平氏に敗退した源氏の嫡子・源頼朝は伊豆の蛭ヶ小島に流されますが、弟の範頼は比企尼の庇護のもと稚児僧として安楽寺に身を隠しておりました。そして、頼朝が挙兵し、治承・寿永の乱(源平合戦)で、武功をあげた範頼は、安楽寺の東約500mに館を構えます。その地に息障院が現存しており、“範頼館跡”と呼ばれています。
天文6年(1537年)、後北条氏(氏綱)が武蔵松山城を攻めた折、その戦乱によって全ての伽藍が消失。江戸時代に本堂・三重塔・仁王門が現在の位置に再建されたと伝えられています。毎年6月18日は“厄除け朝観音御開帳”が行われ、この日は古くから“厄除け団子”が売られ、現在でも“朝観音”には境内に多くの出店が立ち並びます、岩殿山安楽寺は、延暦年間(800年初頭)、坂上田村麻呂の奥州征伐の折、この地に立寄り戦勝祈願をすると、聖観世音菩薩を祀った岩戸から光明が差したことで、当初は岩戸山光明院安楽寺と称され、田村麻呂によって堂宇が建立(806年)されたといわれています。
現在の本堂は今から約350年前の寛文元年、秀慶法印によって再建されました。その様式は禅宗様に和様を交えた典型的な五間堂の平面を持つ密教本堂で、内部各部材に施された華麗な色彩文様と共に江戸時代前期の様式を保持しています。屋根はもともと柿葺でしたが、大正12年の改修時に銅瓦棒葺に改修時されました。
現存する三重塔は今から約380年前の寛永年間に杲鏡法印によって建築されたもので、本堂・三重塔・仁王門・大仏等の中では最も古い建造物です
天文6年(1537年)、後北条氏(氏綱)が武蔵松山城を攻めた折、その戦乱によって全ての伽藍が消失。江戸時代に本堂・三重塔・仁王門が現在の位置に再建されたと伝えられています。毎年6月18日は“厄除け朝観音御開帳”が行われ、この日は古くから“厄除け団子”が売られ、現在でも“朝観音”には境内に多くの出店が立ち並びます、岩殿山安楽寺は、延暦年間(800年初頭)、坂上田村麻呂の奥州征伐の折、この地に立寄り戦勝祈願をすると、聖観世音菩薩を祀った岩戸から光明が差したことで、当初は岩戸山光明院安楽寺と称され、田村麻呂によって堂宇が建立(806年)されたといわれています。
現在の本堂は今から約350年前の寛文元年、秀慶法印によって再建されました。その様式は禅宗様に和様を交えた典型的な五間堂の平面を持つ密教本堂で、内部各部材に施された華麗な色彩文様と共に江戸時代前期の様式を保持しています。屋根はもともと柿葺でしたが、大正12年の改修時に銅瓦棒葺に改修時されました。
現存する三重塔は今から約380年前の寛永年間に杲鏡法印によって建築されたもので、本堂・三重塔・仁王門・大仏等の中では最も古い建造物です
すてき
投稿者のプロフィール

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宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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