まにあんどう
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楽しみ方摩尼庵堂のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月25日(日) 17時16分24秒
参拝:2026年1月吉日
滑川町福田小川谷集会所にある小さなお堂です。
福田村郷土誌によれば、「始は十王堂なりしを 明治4年7月5日永平寺臥雲禅師より摩尼庵の号を賜り永平寺の直末となる 現住浄心尼は志操堅固淑徳兼備 齢82歳の老尼なり」とあります。
終戦の頃まで尼が住んでいて、新しい尼が初めてこの庵に来て堂に入る時には、初めに堂前沼、次に紺屋前沼で足を洗うことになっていたといいます。
昭和57年に堂を小さくして集会所を建てました。敷地には堂の他に、結衆板石塔婆や森林公園内から移された三峯様と七鬼神様が祀られています。
福田村郷土誌によれば、「始は十王堂なりしを 明治4年7月5日永平寺臥雲禅師より摩尼庵の号を賜り永平寺の直末となる 現住浄心尼は志操堅固淑徳兼備 齢82歳の老尼なり」とあります。
終戦の頃まで尼が住んでいて、新しい尼が初めてこの庵に来て堂に入る時には、初めに堂前沼、次に紺屋前沼で足を洗うことになっていたといいます。
昭和57年に堂を小さくして集会所を建てました。敷地には堂の他に、結衆板石塔婆や森林公園内から移された三峯様と七鬼神様が祀られています。

摩尼庵堂

中を覗かせてもらいました。


上下部とも欠損した『結衆板石塔婆』
滑川村史通史編によれば、下幅で55cmあることから大型に属するものであるとされます。造立は文永8年(1271)で稀有な初期念仏結衆の形態を示しています。偈文は観世音菩薩往生浄土本縁経。石塔婆の銘文によると、文永8年に住職が二世とあることから、当時この辺りに一寺が建立されていたと考えられるといいます。
滑川村史通史編によれば、下幅で55cmあることから大型に属するものであるとされます。造立は文永8年(1271)で稀有な初期念仏結衆の形態を示しています。偈文は観世音菩薩往生浄土本縁経。石塔婆の銘文によると、文永8年に住職が二世とあることから、当時この辺りに一寺が建立されていたと考えられるといいます。

『三峯様と七鬼神様』
三峯様は盗難除け、難除け。
七鬼神様は交通安全の神様で、八衢の神といわれています。
三峯様は盗難除け、難除け。
七鬼神様は交通安全の神様で、八衢の神といわれています。

もともとは現在の森林公園内に祀られていましたが、昭和49年森林公園開園に伴い南谷沼の入口に移築、さらに平成27年に摩尼庵堂の傍に移されたといいます。


集会所
すてき
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ひなぎく874投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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