あわすじんじゃ(かちだ)
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楽しみ方淡洲神社(勝田)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月08日(日) 20時21分38秒
参拝:2025年12月吉日
伊古乃速御玉比売神社の分社である7社の淡洲神社のうちの1社になります。
鎮座地:比企郡嵐山町勝田
創建年代:宝永年間(1704〜1711)
ご祭神:保武田別命、息長足日売命、武内宿禰
【ご由緒】
村の中央にあり。息長足日売命を祭る。勧請年月日不詳。祭日9月19日。
宝永年中(1704〜1711)中宮建立。
文化年中(1804〜1818)上屋建立。
嘉永年中(1848〜1854)鳥居建立。
✼••┈┈┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈┈┈••✼
分社の中では6番目の創建で、里宮から直線距離で北西に約1.54km離れた場所にあります。里宮から一番近い社になり、神社の裏手には天神山古墳群(古墳時代後期の築造)があります。
江戸時代までは淡島明神と号していましたが、明治に現在の社号に改称されました。
淡島明神は一説に紀伊国名草郡加太之浦に鎮座する加太神社を勧請したものとされます。江戸期に「あわしま」といわれる宗教職能者が全国を回って、経文や縁起を語り歩いており、特に女性の帯下の病気を癒す祈願をして一層の信仰を集めたといいます。当社もそのような経緯が関わって勧請されたものと考えられています。
明治40年4月に天神社、鹿島神社を合祀しています。
鎮座地:比企郡嵐山町勝田
創建年代:宝永年間(1704〜1711)
ご祭神:保武田別命、息長足日売命、武内宿禰
【ご由緒】
村の中央にあり。息長足日売命を祭る。勧請年月日不詳。祭日9月19日。
宝永年中(1704〜1711)中宮建立。
文化年中(1804〜1818)上屋建立。
嘉永年中(1848〜1854)鳥居建立。
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分社の中では6番目の創建で、里宮から直線距離で北西に約1.54km離れた場所にあります。里宮から一番近い社になり、神社の裏手には天神山古墳群(古墳時代後期の築造)があります。
江戸時代までは淡島明神と号していましたが、明治に現在の社号に改称されました。
淡島明神は一説に紀伊国名草郡加太之浦に鎮座する加太神社を勧請したものとされます。江戸期に「あわしま」といわれる宗教職能者が全国を回って、経文や縁起を語り歩いており、特に女性の帯下の病気を癒す祈願をして一層の信仰を集めたといいます。当社もそのような経緯が関わって勧請されたものと考えられています。
明治40年4月に天神社、鹿島神社を合祀しています。




内陣。榛名講による御札がたくさん貼ってあります。水利の悪い当地では、水分の神である榛名様への信仰が厚く、干ばつ時には榛名神社からの神水を頂いて来て降雨を祈ったといいます。


境内社

『稲荷神社』と『鹿島神社』

『天神社』

真ん中にある石(祠の屋根みたいなもの?)は『産泰様』と呼ばれ、古くから無事出産を願う妊産婦達からの信仰が寄せられていたといいます。

手水鉢。氷ってました😲



神社の前の景色。一面の田んぼ。


特に記載がなかったけど、社殿が建っている場所も古墳なんじゃないかな?


駐車場。神社の斜め前にあり古墳の見学もこちらに停めることができます。

庚申塔

神社の裏手が天神山古墳群です。
マムシ🐍の次はイノシシ🐗注意😅
マムシ🐍の次はイノシシ🐗注意😅

『呼びあいつ このみ社につどい来て たき火などせし 幼な思い出 重道』と刻まれています。
すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく881投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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