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大行院神明殿のお参りの記録一覧
埼玉県 武蔵嵐山駅

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タケ
タケ
2023年03月11日(土)491投稿

★鎌倉街道上道散策(嵐山町)1
【散策ルート】
①大行院神明殿〜②源義仲公生誕伝承地〜③源義賢墓〜④大蔵館跡〜⑤大蔵神社〜⑥鎌形八幡神社〜⑦班渓寺〜⑧菅谷館跡〜⑨菅谷神社

 此処から先の嵐山町大蔵は源義頼(頼朝の父)とその弟源義賢(木曽義仲の父)の勢力争いが激化した因縁の場所であり、木曽義仲が生まれた郷でもあります。

①大行院神明殿
 嵐山町にある大行院神明殿は真言宗の別格本山で、大峯山と号します。神仏混交、境内にはありとあらゆる神様仏様の石像が溢れ、少し異様な雰囲気のある所です。多くの石像石仏石碑が新しく、次の源氏三代供養塔のある源義仲公生誕伝承地も大行院管理のようです。

大行院の入口には撮影禁止の看板あります。それにしても石碑石像石仏の多さにはびっくりです。
 
②源義仲公生誕伝承地(源氏三代供養塔)
 源為義の次男義賢は大蔵館に居を構えましたが、関東で勢力が拡大する事を恐れた兄義朝と戦います(大蔵合戦)。
 義賢はこの大蔵合戦で甥である源義平に敗れ討死にします。
 義仲は木曽に落ち延び再起し、平家を一時的に京から退けたものの朝敵となり頼朝軍に敗北し討たれました。
 義高(義仲の子)は人質(大姫と政略結婚)として頼朝に囚われ殺されました。彼ら三代の供養塔がここにあります。また、源氏三代(義賢、義仲、義高)だけでなく為義、八幡太郎義家、畠山家(重忠一族)、平家一門、源氏一門等の供養塔も建っています。
 さらに、義仲公に纏る『源氏三代の物語』を綴った絵巻風石碑(全十三石)も建てられていました。大行院のようなに石碑だらけです。
 
源氏三代供養塔前の路地を挟んで反対側に義賢の墓が密かに佇んでいます。

③源義賢の墓
 嵐山町大蔵にある大蔵館に居住していた帯刀先生源義賢(源為義の次男)の墓は県内では最古の五輪塔です。源義賢は多胡館(群馬県)から大蔵館へ拠点を移していた折、源義朝の長子悪源太(源義平)との大蔵館の合戦で、久寿2年(1155)討たれています。
義賢の旧家臣七氏は明覚に隠れた。その後、ちりぢりに別れたが、馬場氏が旧主君の霊を弔ってきたと伝えられます。

大行院神明殿(埼玉県)

①大行院神明殿 鳥居と社号標柱

大行院神明殿(埼玉県)

①大行院神明殿 鳥居

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