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てじろじんじゃ

手白神社のお参りの記録一覧
埼玉県 武蔵嵐山駅

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ひなぎく
ひなぎく
2026年03月08日(日)910投稿

嵐山町吉田に鎮座する神社です。
当社は手の神様として信仰され、手に関することならば技術の上達や病気にまでご利益があるといいます。ご祭神は手白香姫命(たしらかひめのみこと)様。第24代仁賢天皇の皇女で、継体天皇の皇后となり欽明天皇の母となった御方です。

当社の起源は、宝永3年(1706)に別当泉蔵院から領主折井氏に提出された伝説として以下のようなお話があります。

『手白香姫は、兄の武烈天皇の人民に対する苛酷な政治や酷刑を諌めたが聞き入れないので、苦難する民衆を救わんと密かに東国に下り、この吉田の里に来て人々を教化し、広く里人から慕われるようになりました。

ある日、姫が池のほとりで手を洗う折に懐中の鏡を水中に落としてしまいました。水底を探しましたがついに見つけることはできませんでした。その後、都に戻り継体天皇の皇后となりました。鏡を落とした池は「鏡浄呂(きょうしょうろ)池」と名づけられ、姫の命により鏡浄呂弁財天を祀りました。

時代は下り平安時代中期、鏡浄呂池の堤が度々破れるので、時の村長蘆田基氏(あしだもとうじ)が弁財天に参詣したところ、神気が立ち上り手白香姫が現れ「吾は先年ここで鏡をなくしたので魂はまだここに止まっている。吾を厚く信仰し、手の業を望むものや手の病気を患うものは宮地に来て祈るように」とのお告げがあり、基氏は天治元年(1124)当社を創建しました。』

大正2年に、峯野神社、琴平神社、五龍神社、六所神社、厳島神社(鏡津宮弁財天)が合祀され、吉田の鎮守として機能するようになったといいます。本殿は六所神社の社殿を移築したものになり、町指定有形文化財に指定されています。

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手白神社は淡洲神社を調べていた時に知り、なぜ埼玉に継体天皇の皇后である手白香姫様が祀られているのか、興味を惹かれて参拝しました。

当社の起源として伝わる"池に鏡を落とす"お話は全国各地にあり、そういう池のことを鏡池と呼ぶことが多いようです。

手白香姫様と武蔵国および比企郡との直接的な関係はよくわからずで、実際に手白香姫様がこの地に来たと考えるのは難しいのかなと思います。ただ、手白香姫様の母方の系統が和珥氏に繋がるので、もしかしたらこの辺りに入植した渡来系氏族と何か関連があるのかもしれません。

また、この時代に鏡を所持できる方は限られると思うので、この伝説に出てくる手白香姫様とされる御方は、卑弥呼のような巫女的な存在だったのではないかと個人的に妄想します。

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