ひろせせんげんじんじゃ(ふじせんげんぐう)
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楽しみ方広瀬浅間神社(富士浅間宮)のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年01月25日(土) 20時11分20秒
参拝:2025年1月吉日
襷坂(たすきざか)に隣接した富士塚で、万延元年(1860)の創建になります。江戸時代、富士浅間を信仰する富士講が数多く発生し、狭山市内でも富士講活動が盛んでした。
現在も活動されている『水富丸ろ講』という富士講員が、山梨県富士吉田市にある富士浅間神社から勧請しました。
富士塚の頂上に建つ石祠には『万延元庚申年七月庚申日』と刻まれています。かつて富士山が庚申年庚申日に大噴火した記録があるため、富士講の方々はこの日を大切にしているそうです。
庚申年が巡ってくるのは60年に一度、さらに庚申日が重なるこの日に石祠を建てたということは、綿密な計画性がうかがわれます。
毎年8月21日の夜には丸ろ講によって火祭りが行われます。富士浅間神社の鎮火祭を模倣し明治の初期から始められたといわれ、桑の枝を円柱状に束ねた大小2つのたいまつを燃やすお焚きあげで、近郷には見られない非常に貴重なものです。
参道には夜店が軒を並べ、戦前は西瓜を売る店が立ち並んだので『広瀬の西瓜まち』と呼ばれ大変な賑わいだったといいます。
現在も活動されている『水富丸ろ講』という富士講員が、山梨県富士吉田市にある富士浅間神社から勧請しました。
富士塚の頂上に建つ石祠には『万延元庚申年七月庚申日』と刻まれています。かつて富士山が庚申年庚申日に大噴火した記録があるため、富士講の方々はこの日を大切にしているそうです。
庚申年が巡ってくるのは60年に一度、さらに庚申日が重なるこの日に石祠を建てたということは、綿密な計画性がうかがわれます。
毎年8月21日の夜には丸ろ講によって火祭りが行われます。富士浅間神社の鎮火祭を模倣し明治の初期から始められたといわれ、桑の枝を円柱状に束ねた大小2つのたいまつを燃やすお焚きあげで、近郷には見られない非常に貴重なものです。
参道には夜店が軒を並べ、戦前は西瓜を売る店が立ち並んだので『広瀬の西瓜まち』と呼ばれ大変な賑わいだったといいます。




登っていきます



『養蚕神社』



ご由緒によると『御嶽神社』か『弥勒菩薩石祠』のどちらかだと思うのですが…はて?🤔



『小御嶽神社』

この日はとにかく風が強くて七合目の写真がうまく撮れてなかった😵頂上から降りる時は風がやんでる時じゃないと怖かったです💦

『富士浅間宮』

せっかく登ったけど木々に阻まれて景色が見えない😂

5合目と6合目の間に木造の堂舎があり中には庚申塔が。こちらを浅間神社と勘違いされる方もいるらしいです😅

『庚申塔』
寛政11年(1799)12月の造立で市内では唯一の丸彫り青面金剛立像。存在感のある立派な像でした。
寛政11年(1799)12月の造立で市内では唯一の丸彫り青面金剛立像。存在感のある立派な像でした。


庚申塔のさらに奥、絶妙な距離に鳥居が見えて境内社かな?と思ってましたが、先に投稿した愛宕神社でした。

庚申塔へはこの階段からも登れます。

すてき
投稿者のプロフィール

ひなぎく848投稿
幼少期から神社や神話に触れてきました。ご由緒やその土地の歴史、かかわる人々に想いを馳せたり考察をするのが好きです。歴史を調べながら関連する場所を数珠繋ぎに巡っています。 すてきやフォローありがと...もっと読む
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