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内池弁財天のお参りの記録一覧
埼玉県 越谷レイクタウン駅

たか523
たか523
2025年09月21日(日) 17時43分38秒
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こちらも車で数分の移動で、内池弁財天に到着、お参りいたしました。
弁財天の周りはお堀のようになっているのですが、草が覆い茂っていてよくわかりませんが、「おいてけ堀」と言われているそうです。

越谷市のホームページに以下の記載がありました。
現在のように、上流にダムがあるわけではなく、土木工事も貧弱であった昔のことです。川の多い越谷付近では、夏から秋にかけては、大きな水害をたびたび受けたものでした。約230年前、天明6年(1786年)7月の大水も、そのひとつでした。見田方の八坂神社わきの元荒川堤防が切れて、大相模の人家や田畑が、それはもう大きな損害を受けてしまいました。堤防の切れたところが、川底のようにくぼんでしまって、大きな大きな内池が残りました。今でもそこは、ヨシや雑草が生い茂っています。
それからのことです。日が暮れてからこの辺りを通ると、池の中から「オイテケ、オイテケ」と悲しい声が聞こえてきます。また、ある人は、ここには大きな白い蛇が住んでいて、池のはたを通る人を水の中に引きずり込むのを見たことがあるというのです。ですから、みんなはここを“オイテケ堀”と呼んで、誰も近寄ろうとしませんでした。
ある日のこと、一人の巡礼者がオイテケ堀のそばを通りかかると、いつものように「オイテケ、オイテケ」と悲しい声が聞こえてきて、何も知らない若い巡礼者は、あっという間に大蛇に飲み込まれてしまいました。翌日、このことを知った村人たちは、かわいそうな巡礼者のために早速ここに水神宮と弁天宮をお祀りし、池の主を慰めました。それからというものは白い蛇も姿を消し、「オイテケ、オイテケ」の声もしなくなったということです。
水害をたびたびうけたところでは、こうした言い伝えがたくさん残っています。当時の人々が大水をどんなに恐れ、恨んでいたかを物語っているようです。

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