ひねじんじゃ
日根神社のお参りの記録一覧
意賀美神社さんから歩いて40分くらい。
こちらは「和泉五社めぐり」で伺ったことがあった。こちらも閑散としてた。境内で少し休憩させて頂いた。
六社参拝はこれにて終了。
後は満願の為に最初に参拝したお宮さんに戻る。
一ノ鳥居
二ノ鳥居
ニノ鳥居をくぐって右手にいらっしゃる。
本殿にお参り。
大阪府泉佐野市の慈眼院の多宝塔と金堂の公開に関して、慈眼院の境内に入口があると思っていたら、隣の日根神社の境内に入口があるとお聞きしました。(日根神社の元の神宮寺が慈眼院)
日根神社の参道へ行くと長蛇の列。
列に並ぶといつになるかわからないため、邪道かも知れませんが拝殿からではなく直接本殿が見える所から手を合わせました。
主祭神は、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)、玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)。
祭神は、五瀬命(イツセノミコト)、稲飯命(イナイノミコト)、三毛入野命(ミケイリノノミコト)、神日本磐余彦尊(カムヤマトイハレビコノミコト)、億斯富使主(オシフミノオミ)。
授与所も結構な待ち行列であり、まだ先の予定があるため今回は御朱印を頂くのは見送りました。
四の鳥居
神門と手前に輪くぐり?
拝殿への待ち行列
本殿
新道宮(祭神は菅原道真)
次に向かったのは慈眼院様のお隣の日根神社様です。
神武天皇が河内から大和へ攻めましたが長髄彦に苦戦し、紀伊から攻め上がる為に難波津から船に乗り、今の関西国際空港の南東の嘉祥寺という土地に到着します。そこで弓を引くと矢が長滝村に落ちます。そこから再び矢を放つと、現在の日根神社に落ちます。
ここで父母である鸕鷀草葺不合尊(ウガヤフキアヘズノミコト)と玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)を祀り、日の国を治める天照大神と根の国を治める素戔嗚尊に先勝祈願し、見事に勝利します。
日の神と根の神をお祀りした野原から日根野という地名になったそうです。
その後、192年に鸕鷀草葺不合尊が大鳥に化身して「ここに祠を建てよ」とお告げされ、更には玉依姫命が現れて「私も共にに祀りなさい」とお告げされたそうです。更には673年に天照大神が鳳に化身し現れお告げをしたことで、天武天皇が社殿を造営し大鳥神社より分霊されたことが、後の日根神社であるとされています。
参道を歩いていると慈眼院様の門前へ繋がっている道があったり、多宝塔への道があったり(扉は閉まってました)と繋がりを感じることが出来ます。
小旅行初日2社目。日根野駅から徒歩30分。
以前からBMしていたこちらへ。
石造りの一の鳥居から拝殿へ続く参道は趣があります。ニノ鳥居は鮮やかな朱色。ニノ鳥居を抜けても参道は続き、「祝 世界かんがい施設遺産登録」の横断幕が掲げられた三の鳥居で拝殿が見えてきます。
拝殿では御祈祷が行われており、参拝後に社務所によるも不在。
お隣の慈眼寺の国宝・多宝塔拝観後に再度社務所に伺うと先ほど御祈祷されていた宮司さんが、在所されており、通常御朱印拝受。
一ノ鳥居
一ノ鳥居 扁額
ニノ鳥居
参道(ニノ鳥居〜三の鳥居)
三の鳥居
手水舎
拝殿
狛犬
神道の宮
灌漑
比売神社
創始は不明だが、社伝によると神武天皇東征の際、天照大御神(日)と須佐之男命(根)を祀ったのが始まりという。
霊亀2年(716年)に制定された和泉五社の一つで、和泉国五宮です。
一の鳥居
二の鳥居
野々宮集会場
社務所
新道宮
本殿
岡前神社
恵毘須宮
丹生神社(野々宮)
比賣神社
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