くめだでら|高野山真言宗|龍臥山
御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
久米田寺の編集履歴
2021年12月20日 22時53分
宗派
高野山真言宗
ご由緒
久米田寺は、行基四十九院の一つに数えられる寺院で、天平十年(738)(一説に天平六年)に僧行基が久米田池の維持管理のために建立した隆池院に始まります。平安時代末期から鎌倉時代にかけて五摂家の一つ九条家の保護下に入ったものの一時荒廃したと伝えられ、鎌倉幕府の有力者安東蓮聖が東大寺僧より別当職を買得して復興に乗り出しました。弘安五年(1282)、西大寺叡尊を導師を招いて落成供養が営まれ、以後、真言宗・律宗・華厳宗兼学の寺院として、各地から多くの学僧がここに学び、高僧を輩出しました。
南北朝時代には足利尊氏・直義兄弟が利生塔を全国で最初に久米寺に建立し、仏舎利を奉納するなど、手厚く保護しましたが、一方、南朝も寺領を安堵するなど、久米田寺は両朝から保護をうけて繁栄しました。江戸時代以降は真言宗寺院となり、現在に至ります。
寺宝の「星曼荼羅図」「仁王経曼荼羅図」「安東蓮聖像」「楠家文書」「大塔宮令旨」「久米田寺文書」「北畠覚空書状」は国の重要文化財に、境内は大阪府の史跡に指定されています。
山号
龍臥山
院号
隆池院
創立
天平六年(734)
編集前:天平十年(738)
文化財
星曼荼羅図、仁王経曼荼羅図、安東蓮聖像、楠家文書、大塔宮令旨、久米田寺文書、北畠覚空書状(国指定重要文化財)
光明塚古墳、志阿弥法師塚(市指定史跡)
編集前:楠家文書(国指定重要文化財)
光明塚古墳、志阿弥法師塚(市指定史跡)
ログインすると情報を追加/編集できます。