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楽しみ方八田大明神社のお参りの記録一覧
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お散歩参りの目的地のひとつ八田大明神社さま
個人宅の畑の中に鎮座されており、たまたま畑仕事されていた所有者のご家族の方がいはり、お許しを得てお参りさせていただきました^ ^
由緒書きがあり、日本武尊の白鳥伝説との繋がりもあるとの言い伝えがあるらしく、大鳥大社の千種の森の少し前に安らげる場所を探していたのかもといろいろ思いを馳せることができました^ ^
以下、御由緒です^ ^
和泉國大鳥郡堀上村大明神(現在堺市堀上町五〇八番地)に鎮座ましました八田大明神社の創建の日は詳らかではないが少彦名命大神を祭神として創建永く堀上村の氏神として村民の信仰を集め、今も心に残る神社であることは、誰もが認めるところである。
伝説によると和泉國一の宮大鳥神社祭神日本武尊が伊勢能野で薨せられて後、白鳥となって西に飛び、千種の森に舞い降りられたのが今の大鳥神社であり、その寸前この地に舞い降りようとしたとの云い伝えもあって、何れにしても古い歴史ある神社であったことは疑いない。
その間二百六十余年続いた徳川幕府が崩壊し、明治維新により成立した薩長藩閥政治による神社國家統制政策によって八田大明神社も明治四十三年蜂田郷八社に統合々祀され蜂田神社として今日に及んでいる。
統合後、八田大明神社跡地は民間に払い下げられ現在堺市堀上町四九七番地に居住する北野家(現当主北野末一)の所有となった。
北野家所有後も明治・大正・昭和の期間中、これが跡地は八田大明神社分祠として敬虔に祭祀されてきたが昭和三十年代以降の高度経済成長政策の波に抗し切れず、昭和五十四年遂に新興住宅地として開発されることになり八田大明神社跡地は、此処に消滅するに至った。
所有者であった北野家はこれを惜しみ神社跡地消滅後もこれが神霊を祭祀し、永く歴史にその名をとどめるべく、当地より南方約百三十メートルにあたる北野家宅地の一部に神祠を建立して神璽を移し日夜祭祀につとめ、今日に至っているものである。
平成十二年二月吉日

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