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楽しみ方慈光寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月12日(木) 14時54分00秒
参拝:2026年2月吉日
この日は昼過ぎまでかかると思っていた用事が
10時に済んでしまったので近くの寺社を巡る
ことにしました🚶=3
最初に向かったのは慈光寺様です。
慈光寺様は浄土真宗本願寺派のお寺様です。
室町時代の初期に楠木正成の嫡孫にあたる
円二坊賢知によって開かれたと伝わります。
賢知は楠木正吉で その父は楠木正勝です。
なんとか楠木家の再興を図ろうとしている時に
蓮如上人の教えを知り感銘を受け深く帰依します。
賢知は堺の紺屋町(現在の堺区)で染物職人達を
浄土真宗の信徒として纏め上げます。
布教のリーダー的な存在としての功績を
蓮如上人から認められ元々開いていた道場に
「慈光寺」の寺号を授かったとされています。
これが円二坊賢知が堺の三坊と呼ばれる由縁であり
慈光寺様の始まりとなります。
あと慈光寺様の境内には伊東義祐の墓所が
あります。
義祐は日向国の戦国大名で「日向の小京都」と
呼ばれた飫肥を支配していました。
そんな日向の戦国大名の墓所が何故に堺?
と気になったのでこちらも調べてみました。
日向国を手中に収めていた伊東義祐は1572年に
領土の拡張を目指し島津領の加久藤城へ向けて
侵攻します。
伊東勢3000 迎え撃つ島津勢300と圧倒的有利な
状況だったのですが島津方の大将だった島津義弘の
「釣り野伏せ」という伏兵策に大敗を喫します。
この戦で有力な武将の大半を失い弱体化した
伊東義祐はその後の島津氏の北上を止めることが
出来ず1577年に日向国より追われます。
豊後の大友氏や伊予の河野氏を頼ったりして
放浪していたのですが 豊臣秀吉に仕えて頭角を
現していた三男の祐兵を頼ろうとします。
四国から堺への船旅の途中で病が悪化し当時は
困窮の極みにあり みすぼらしい身なりの義祐は
堺の浜(現在の石津辺り)に打ち捨てられてしまい
そこで生涯を閉じてしまいます。
その亡骸が義祐と分かり当時の堺で大きな力を
持っていた慈光寺様へ運ばれ葬られました。
伊東義祐は最盛期には日向国に留まらず大隅国や
薩摩国にも勢力を伸ばしていた戦国大名として
名前は知っていたのですが こんな最期を迎えて
いたとは知りませんでした…
盛者必衰の理…
調べていて少し悲しい気持ちになりました( ω-、)
10時に済んでしまったので近くの寺社を巡る
ことにしました🚶=3
最初に向かったのは慈光寺様です。
慈光寺様は浄土真宗本願寺派のお寺様です。
室町時代の初期に楠木正成の嫡孫にあたる
円二坊賢知によって開かれたと伝わります。
賢知は楠木正吉で その父は楠木正勝です。
なんとか楠木家の再興を図ろうとしている時に
蓮如上人の教えを知り感銘を受け深く帰依します。
賢知は堺の紺屋町(現在の堺区)で染物職人達を
浄土真宗の信徒として纏め上げます。
布教のリーダー的な存在としての功績を
蓮如上人から認められ元々開いていた道場に
「慈光寺」の寺号を授かったとされています。
これが円二坊賢知が堺の三坊と呼ばれる由縁であり
慈光寺様の始まりとなります。
あと慈光寺様の境内には伊東義祐の墓所が
あります。
義祐は日向国の戦国大名で「日向の小京都」と
呼ばれた飫肥を支配していました。
そんな日向の戦国大名の墓所が何故に堺?
と気になったのでこちらも調べてみました。
日向国を手中に収めていた伊東義祐は1572年に
領土の拡張を目指し島津領の加久藤城へ向けて
侵攻します。
伊東勢3000 迎え撃つ島津勢300と圧倒的有利な
状況だったのですが島津方の大将だった島津義弘の
「釣り野伏せ」という伏兵策に大敗を喫します。
この戦で有力な武将の大半を失い弱体化した
伊東義祐はその後の島津氏の北上を止めることが
出来ず1577年に日向国より追われます。
豊後の大友氏や伊予の河野氏を頼ったりして
放浪していたのですが 豊臣秀吉に仕えて頭角を
現していた三男の祐兵を頼ろうとします。
四国から堺への船旅の途中で病が悪化し当時は
困窮の極みにあり みすぼらしい身なりの義祐は
堺の浜(現在の石津辺り)に打ち捨てられてしまい
そこで生涯を閉じてしまいます。
その亡骸が義祐と分かり当時の堺で大きな力を
持っていた慈光寺様へ運ばれ葬られました。
伊東義祐は最盛期には日向国に留まらず大隅国や
薩摩国にも勢力を伸ばしていた戦国大名として
名前は知っていたのですが こんな最期を迎えて
いたとは知りませんでした…
盛者必衰の理…
調べていて少し悲しい気持ちになりました( ω-、)
すてき
投稿者のプロフィール

れん太郎1548投稿
元々は休日に景勝地へドライブが趣味で、神社仏閣もお参りするのが好きでした。 年齢を重ねて夫婦で何か形のあるものを残したいと考えていたところ、細君より御朱印集めを提案され令和六年三月より始めました...もっと読む
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