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みなとすみよしじんじゃ(すみよしたいしゃけいがいまっしゃ)

港住吉神社(住吉大社境外末社)の御由緒・歴史
大阪府 大阪港駅

ご祭神住吉大神
 底筒男命
 中筒男命
 表筒男命
神功皇后(息長足姫命)
創建時代1842年(天保13年)
創始者酒井雅楽頭
ご由緒

当社は大阪港一円の総氏神として住吉大社より分祀された港宮で、本社と同じく住吉大神と神功皇后をお祭りする。全国に住𠮷神社が二〇〇〇社以上あるなかで、当社は住吉大社の港宮とされ直接の祭祀を受けている神社である。
 天保十三年(1842)三月十八日、大阪城代酒井雅楽頭が幕府より命を受け、江戸時代に埋立干拓されつつあった港湾地区の守護神を祭るべく、摂津國一宮の住吉大社より分霊を戴いて、これによって当社は天保山(目印山)に創祀されることになった。幕末より欧米列強の来航などによって緊張が高まったため、幕命によって目印山へ砲台の台場が築かれ、そのため元治元年(1864)に神社h天保町へと遷座し、明治三十九年(1906)九月十九日には再び官幣大社住吉神社の境外末社となり、翌四十年十二月には西区靭中通二丁目にあった永代濱住吉神社が合祀された。大正六年七月八日、天保町から今の築港遊園地なる現在地に遷座された。大阪の港湾の主要地として発展していたところ、昭和9年の室戸台風、そして昭和20年6月1日、港住𠮷神社はもとより築港一円もすべてが空襲により壊滅した。しかし終戦後、壊滅した築港の精神的中心とすべく地元関係者等の尽力により復旧され、今に至るまでなお地元の氏子をはじめ海運業関係や漁師の方々から篤い崇敬を集めている。

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