しんがんじ|浄土宗|真田山
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楽しみ方心眼寺のお参りの記録一覧(2ページ目)

来るたびに何かしら増えてます(苦笑)
この前の坂が「心眼寺坂」と呼ばれるほど有名なお寺さんですが、以前はふつうのお寺さんだったんですよ。
世代交代をされた時区画整理をされて「開かれたお寺」的なお寺さんになりました。
まぁ、色々聞きますがここでは書きません。
大河を経て一気に真田色が強くなりました。
元々桃山時代に創建されたお寺さんだったのですが、冬の陣の跡で取り壊されました(真田丸と共に)その後、1622年、海野氏の助力によって真田親子の菩提を弔うべく再建されたお寺さんです。
でも、今年と来年は「幕末150年」と称して大阪では「幕末マップ」なるものが登場しています。
詳しくはこちら
http://www.osakacastle.net/bakumatsu_ishin150
このお寺さんも関係がありますが、やはり真田色が強いです。

何度か真田幸村関連で訪れたこともある心眼寺へ立ち寄る。今日再訪したのは幸村ではなく、見廻組の墓を見に来た。入り口の見慣れた幸村の石碑の向かいに、真新しい
「京都見廻組 桂早之助 渡辺吉太郎 墓所 当山」
と彫られた石碑が建っていた。六文銭の刻まれた門をくぐって境内に足を踏み入れる。本堂脇に2人の墓が並び、新しく銘板が設置されていた。
見廻組は佐々木只三郎、渡辺吉太郎、高橋安二郎、桂早之助、土肥仲蔵、桜井大三郎、今井信郎らが龍馬と中岡暗殺に関わっている。映画やドラマでは佐々木や今井がクローズアップされることが多い。渡辺吉太郎については吉三郎や一郎とも名乗っていて、維新後にも篤と改名している。晩年になってから家族に自分が実行犯の一人だと語ったことが「大阪朝日新聞」に掲載された逸話は知っていたが、恥ずかしながらもう一人の隊士・桂早之助についてはこの再訪で知った。彼が暗殺時に帯びていた佩刀は越後守包貞の脇差で、現在実物が京都霊山歴史博物館に収蔵されている。近江屋事件後は他の隊士と同じく鳥羽伏見戦争に参加し、下鳥羽付近で戦死している。その後大阪にあるこの寺に葬られたそうだ。
昨年戦場跡をじっくりと歩いたり、主力であった会津藩士の眠る墓などたくさん見学した。まさかこんな場所にも関連するものがあったことに驚いた。見廻組も含めて旧幕府軍の人々が、人知れず大阪や京都の片隅にひっそりと眠っている事実を、幕末ファンとしてはもっと知ってほしいと感じた。

大阪新四十八願所阿弥陀第11番札所の浄土宗寺院。
ここは、大阪冬の陣で真田幸村の陣地であり、幸村とその子供大助の冥福する寺院です。
御朱印は寺務所にて書き置きで頂きました。

山門。


大阪冬の陣地跡(真田丸)です。

山門にある「六文銭紋」

地蔵堂。

まんなおし地蔵

本堂。

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