ひめこそじんじゃ
比賣許曾神社のお参りの記録一覧
大阪環状線沿線でまだ降りたことのない駅を廻ってみることにしました。
今日は鶴橋駅を降りて、コリアタウンから桃谷駅までのコースを歩きました。
最初は比賣許曾神社(ひめこそじんじゃ)にお参りしました。鶴橋駅から東に歩いて
5分程度の街中に鎮座されておられます。
境内は静かで、宮司さんは話やすい方で、なんかゆっくりできるお社でした。
御朱印です。由緒書が見当たらず、「亀の橋」の由来がわからずです。
たしか「つるはし」は日本で記録が残っている最古の「橋」だったと記憶していますが・・・
鶴橋の大通り沿いから少し入り組んだ場所にありますので、思ったより閑静な境内です。
正面がご拝殿になります。
手水場。
このご神紋は初めて拝見しました。「榊の花」だそうです。
ご拝殿とご本殿の接点です。ここは社務所からご拝殿まで空中通路でつながっていました。
摂社の「白玉稲荷」さん。
ご神木です。
大阪・鶴橋にある神社です。
子供の頃は大きな山車と神馬が練り歩く長蛇のお当たりがありましたが、今はひっそりとしています。
場所柄ずっと韓国の神様だと思っていたのですが社伝を見るとそうでもない。
おかしいなぁと思っていたら、どうやらこの神社は明治5年にここへ移された神社らしく、それまでは牛頭天皇をお祀りしていた神社があったそうです。
ですので、延喜式内社とありますが定かではありません。
御祭神は日本書紀や古事記に乗っている神様ですがやはり新羅からとあるので韓国の神様でしょう。
詳しくはこちらで
http://kamnavi.jp/ym/hiboko/himekoso.htm
大阪府大阪市東成区東小橋の比賣許曽神社(ひめこそじんじゃ)にご参拝させていただきました☺️
ご祭神
下照比売命(したてるひめのみこと)さま
(式内社、旧村社)
です。
『延喜式』神名帳には名神大社に列せられ、古くは重要な神社であり旧呼称は牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)だったと教わりました。
また、こんなにも近くに牛頭天王(ごずてんのう)さまがいらっしゃったことにいっぱい いっぱい になりました😊
ご本殿に向かい畏かしこみ畏かしこみ身滌大祓(みそぎのおおはらい)をご奏上させていただきました。祝詞の途中、風が動き天井の方から何かやさしい空気を感じることができました。ありがたいことです。神さまに少しでも届きましたでしょうか。
精進して また つぎもご参拝させていただけますように☺️
#比賣許曽神社
主祭神はシタテルヒメの尊。
#下照比売尊 #下光比売命
古事記では下光比売命または高比売命、日本書紀では下照姫。古事記によればオオクニヌシの神とタキリビメの命の娘。兄にアジスキタカヒコネの神。
”たかまのはら”の神々は国譲りを求めて、”葦原の中つ国”に何度か使者を派遣した。1柱目はアマテラス大御神の第2子アメノホヒの命で、反対にオオクニヌシの神に心酔。”たかまのはら”とは音信不通になった。
2柱目のアメワカヒコは、シタテルヒメの命と結婚し、同じく連絡が途絶えた。古事記・日本書紀ともに、ゆくゆくはオオクニヌシの神の後継者として”葦原の中つ国”を自身が治めようともくろんだ、とまで書かれている。
最終的にタカミムスビの神がアメワカヒコを処刑した。事態を把握できないので、まじないを使って命中するか否かを彼の叛意の有無にかからしめて、”たかまのはら”から矢を投げた。
だが、倭文神社(鳥取県東伯郡湯梨浜町)のHPによれば、2柱の間の愛は偽りのないものだったようだ。アメワカヒコの命について、シタテルヒメの命と恋に落ち、ために任務を遂げられなかったとする。夫婦仲も良好だったらしく、「幸せな日々は続かず」とある。あちらは主神としてではないが、2柱を共に祀る。
いずれにせよ、シタテルヒメの尊にとってはあまりに過酷だ。
大阪府のおすすめ2選🎌
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