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楽しみ方安福寺のお参りの記録一覧
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続いて すぐ北側に位置する場所に在る寺院🛕へ参拝です🙏。
寺伝によれば奈良時代に行基によって建立されるが、中世には荒れ果ててしまい、小堂がただ一棟あるのみであったという。
最初の小さな門をくぐるとすぐに参道の両側に安福寺横穴群が広がっている。これら横穴群は、谷間の凝灰岩が露出しているところに掘られており、参道南側、北側に各16基、計32基確認されている。かつては古代人の住居であるといわれていた時期もあったが、石棺や陶棺、陶器などが見つかっており、中には騎馬人物像などの壁画が描かれたものもあり、古墳時代後期の横穴墓であることがわかっている。大阪府の史跡に指定されている。
また、境内には明治時代に玉手山3号墳(勝負山古墳)から出土したとされる割竹形石棺蓋が置かれており、かつては手水鉢として使われていた。これも重要文化財に指定されている。
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伯太彦神社境内からすぐ隣にある安福寺へ。戸が閉まっておりインターホンもなかったので境内散策。庭園が素晴らしく秋には映えるだろうなぁと思いながらどうやら運潮寺につながっていそうなのでそのまま運潮寺へ。そちらの先代とお話しできたので安福寺のことを伺うと中に入ればだれかいるはずなのでお詣りできるとのこと。情報いただき再訪。お邪魔してインターホンがあったのでお伺い。本堂へ案内していただけました🤗ふくよかなお顔の阿弥陀様をお詣りし、お話を伺うとこちらは尾張徳川家第2代の徳川光友公菩提寺とのこと。この光友公がまた数奇な運命の方で、藩祖義直公(徳川家康公9男)が鷹狩の折に知り合った女性(Wikipediaには吉田甚兵衛の姉歓喜院とあるが・・・)と・・・まあ御落胤ってやつになるんですかね😅ただ身分の違いから嫡子として認められていなかったらしいが、義直に男子ができなかったことから人生がが一変、御三家筆頭尾張家の嫡子となり、尾張藩を継ぐ立場となる。その後は順風かと思いきやまた一波乱。時の将軍家光公に男子が産まれず、御三家筆頭の光友公に家光の娘・千代姫が輿入れとなる。すでに正室が居り嫡子までいたが、将軍の御息女となれば正室にせざるおえず、正室の勘解由小路( 樋口信孝娘)は側室へ降格となり、千代姫との間に綱誠、義行が産まれたため長男の義昌は三男扱いとなるなど身分の違いに振り回される人生だったようです。そしてここ安福寺はそんな不遇な思いをさせた母や前正室の勘解由小路、長男義昌に対しての菩提寺でもあったようです。今回は光友公の墓前には行けなかったのでまたの機会に。大坂の陣の戦没者供養塔もあるようなので合わせてお詣りに来よう。
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