あんぷくじ
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楽しみ方安福寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年04月24日(木) 01時50分55秒
参拝:2025年4月吉日
伯太彦神社境内からすぐ隣にある安福寺へ。戸が閉まっておりインターホンもなかったので境内散策。庭園が素晴らしく秋には映えるだろうなぁと思いながらどうやら運潮寺につながっていそうなのでそのまま運潮寺へ。そちらの先代とお話しできたので安福寺のことを伺うと中に入ればだれかいるはずなのでお詣りできるとのこと。情報いただき再訪。お邪魔してインターホンがあったのでお伺い。本堂へ案内していただけました🤗ふくよかなお顔の阿弥陀様をお詣りし、お話を伺うとこちらは尾張徳川家第2代の徳川光友公菩提寺とのこと。この光友公がまた数奇な運命の方で、藩祖義直公(徳川家康公9男)が鷹狩の折に知り合った女性(Wikipediaには吉田甚兵衛の姉歓喜院とあるが・・・)と・・・まあ御落胤ってやつになるんですかね😅ただ身分の違いから嫡子として認められていなかったらしいが、義直に男子ができなかったことから人生がが一変、御三家筆頭尾張家の嫡子となり、尾張藩を継ぐ立場となる。その後は順風かと思いきやまた一波乱。時の将軍家光公に男子が産まれず、御三家筆頭の光友公に家光の娘・千代姫が輿入れとなる。すでに正室が居り嫡子までいたが、将軍の御息女となれば正室にせざるおえず、正室の勘解由小路( 樋口信孝娘)は側室へ降格となり、千代姫との間に綱誠、義行が産まれたため長男の義昌は三男扱いとなるなど身分の違いに振り回される人生だったようです。そしてここ安福寺はそんな不遇な思いをさせた母や前正室の勘解由小路、長男義昌に対しての菩提寺でもあったようです。今回は光友公の墓前には行けなかったのでまたの機会に。大坂の陣の戦没者供養塔もあるようなので合わせてお詣りに来よう。

案内板

山門(と思ったら通用門っぽい)

扁額

割竹形石棺蓋。重文

同説明

門があり

本堂

見事なお庭

秋に来たいですね🤗確実に紅葉の穴場となりそう

奥へ進むと・・・

三徳稲荷社


鳥居が・・・😥

鐘楼

お邪魔しました

徳川の門。尾張藩第二代光友公菩提寺。納得です。

帰り。こちらが山門っぽい

小さなお稲荷さん

観音様。慈母観音とのこと。

不動明王

大日如来。

安福寺横穴群。防空壕跡かと思ったらちがった😅

同説明

あら最後にもう一つ門があった😅

同扁額

地蔵菩薩

近くに薬師堂

お留守番?
すてき
投稿者のプロフィール

soo_cyan4565投稿
令和7年末滋賀県に移転。京都の寺社仏閣を中心に終活兼ねて巡っておりましたが今後は滋賀西部中心に投稿していきます。基本的にレビューは感想や体験などを。寺社の情報は直接編集いたします。御朱印・御首題...もっと読む
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