いしきりつるぎやじんじゃかみのしゃ
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楽しみ方石切劔箭神社上之社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月07日(土) 22時26分40秒
参拝:2026年3月吉日
河内国河内郡の式内社「石切劔箭命神社」です。生駒山に奉賽し創建したあとに本社に遷座したことで神社は2社になったことから、『延喜式』神名帳においては「二座」と記載されたようです。式内社の「○座」は神社によって建物1棟内に複数の神様がいらっしゃるパターンと、神様の数だけ建物があるパターンがありますが当社は後者のようです。

《鳥居と社号碑》

《牛の像》

《由緒書き》
崇神天皇さまの御代の時点で本社を造営したことで神社としては2社となり、神社としては伊勢の神宮における内宮の正宮と荒祭宮のように、御祭神の和御魂と荒御魂をそれぞれ祀っているとしています。
崇神天皇さまの御代の時点で本社を造営したことで神社としては2社となり、神社としては伊勢の神宮における内宮の正宮と荒祭宮のように、御祭神の和御魂と荒御魂をそれぞれ祀っているとしています。

《手水舎》
水は流れています。洗ひつるここも…(略)
水は流れています。洗ひつるここも…(略)

《表参道》

《拝殿》🙏

《社務所》

《授与所》
あいにく着いたタイミングで神主さんが旅立たれてしまいました。
あいにく着いたタイミングで神主さんが旅立たれてしまいました。

《本殿》
👁チェックポイント‼️
上之社は明治時代になると下之社(本社)に合祀されてしまい、写真左の石碑だけが建てられる形になります。しかしその後も上之社の跡地にはお参りする人が後を絶たず、昭和47年に本社の本殿造営を機に旧本殿を上之社に移築し再建し現在に至ります。
そのため現在の本殿は室町時代の建築様式で壁には壁画や彫刻が施されています。
👁チェックポイント‼️
上之社は明治時代になると下之社(本社)に合祀されてしまい、写真左の石碑だけが建てられる形になります。しかしその後も上之社の跡地にはお参りする人が後を絶たず、昭和47年に本社の本殿造営を機に旧本殿を上之社に移築し再建し現在に至ります。
そのため現在の本殿は室町時代の建築様式で壁には壁画や彫刻が施されています。

《御礼池》
こちらにも授与品の亀がお供えされています。
こちらにも授与品の亀がお供えされています。

《婦道神社》

《八代龍王》
石切劔箭神社自体は神仏習合が薄いのですが、周辺にはお寺が点在しています。生駒山は葛城修験の行場とされていたので、当地はその流れの一部を注ぐものであると思われます。
石切劔箭神社自体は神仏習合が薄いのですが、周辺にはお寺が点在しています。生駒山は葛城修験の行場とされていたので、当地はその流れの一部を注ぐものであると思われます。
すてき
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神祇伯1745投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(3/1更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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