おきのぐう
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【琉球八社巡り(2/8)】
沖宮(おきのぐう)は、沖縄県那覇市奥武山町にある神社。旧社格は無社格で、現在は神社本庁に属さない単立神社。主祭神は、天受久女龍宮王御神(てんじゅくめりゅうぐうおうおんかみ:天照大御神)、天龍大御神(てんりゅうおおおんかみ)、天久臣乙女王御神(あめくしんおとめおうおんかみ)、熊野三神(伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊)。明治の神仏分離までは「沖山三所権現(沖の寺)」と称し、神仏習合で阿弥陀如来、薬師如来、十一面観音を祀っていた。琉球八社の1社。
創建は不詳だが、琉球王国の正史である『中山世鑑』等の史料によると、源為朝の時代に始まる。1713年の『琉球国由来記』では、「大昔、那覇港の海中から光が絶えず射していたので、調べてみると霊木であり、これを熊野権現の霊木とし、社寺を建てこの木を祀った」とある。最初は那覇埠頭の地にあったが、明治時代に那覇港埠頭築港に伴い安里八幡宮の隣地に遷座、社殿は琉球の神社建築の典型例として国宝に指定されるも、1945年の米軍との沖縄戦で焼失した。戦後1961年に通堂町へ復興仮遷座し、1975年に現在地である奥武山公園内に遷座した。
当宮は、ゆいレール(沖縄都市モノレール)・奥武山公園駅の北東300mの奥武山公園内にある。広大な公園の南東部にある小丘(奥武山)の斜面が境内となっており、低い位置にメインの社殿があり、その周りに狭い通路が張り巡らされ、境内社や御嶽(うたき)、石碑や仏像がちりばめられている。ちょっとしたアミューズメントパークのようになっていて、参拝して廻っていてなかなか楽しい。
今回は、琉球八社の1社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、観光客も含め、多くの参拝者が訪れていた。
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沖宮の創建は、尚金福王の時代である1451年という記録があります。
1713年琉球王府発刊の「琉球王国由来記」によると15世紀中頃に那覇港内で不思議に輝くものを国王が首里城よりご覧になり、漁夫に命じて探らせると、尋常ならざる古木を得たそうです。
翌夜より水面が輝くことがなかったので、この地に宮社を建て古木をお祀りし、以後、国王始め一般の尊崇をあつめ、
特に中国往来の進貢船や薩摩往来の貢船、離島航路などの航海安全の祈願に尊信されたということです。
琉球舞踊の話になりますが、旅の無事を祈る琉球舞踊「上り口説(ヌブイクドウチ)」の歌詞の一節「沖ヌ側マディ親子兄弟連リティ別ユル…」とある「沖」は、実は沖宮のことです。
琉球の王様をはじめ、江戸方面へ上る多くの人々が、よき旅となるよう沖宮へご参詣された情景に思いを馳せると、歴史とロマンを感じていただけるのではないでしょうか。
沖宮は、創建当時、現在の那覇港にありました。明治41年(1908年)、築港工事の為、琉球八社の一つ安里八幡宮の境内地隣域に遷座されました。
その古式ゆかしい本殿は、昭和13年(1938年)伊東忠太(いとうちゅうた)博士の推挙により国宝に指定されますが、第二次世界大戦により残念ながら焼失してしまいました。
戦後、昭和36年(1961年)に通堂町へ仮遷座し、昭和50年(1975年)に奥武山公園内へ遷座し現在に至ります。
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