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ないくう

内宮の御由緒・歴史
岡山県 清輝橋駅

ご祭神《主祭神》
 天照大神
《合祀神》
 倭姫命
 大己貴命
ご神体不詳
創建時代崇神天皇の御代
創始者豊鍬入姫命
ご由緒

当社の御祭神である天照大神は、かつて皇居の内にまつられていたが、やがて第10代崇神天皇の御代に皇居と神居とが別けられることになり、まず倭の笠縫邑に遷しまつられた。その後、丹波国(京都)、倭国(奈良)、木国(和歌山)、吉備国(岡山)を経て再び倭国へ、そしてさらに伊賀国(三重)、淡海国(滋賀)、美濃国(岐阜)、尾張国(愛知)を経て第11代垂仁天皇26年(紀元前4年)に伊勢国(三重)へ御遷幸になられ、その地を永遠の宮地として鎮座された。
 天照大神が皇居を出られてから伊勢に至るまでの御遷幸経路については、日本書紀や皇大神宮儀式帳、倭姫命世記などの古文書に見られる。
 中でも神道5部書の1つに数えられる倭姫命世記の中には「崇神天皇54年丁丑、吉備国名方浜宮に遷し4年斎奉る」と記されており、これが当社「内宮」の創始となっている。また、江戸時代に土肥経平が著した寸簸の塵(きびのちり 吉備の地理の意)という書物の中に「外宮は出石郷にあり。内宮は鹿田庄浜野村にありて式内の神なり。皇大神宮即ち是なり。」とあり、その当時の様子が詳しく記されている。
 当社の創祀は伊勢の内宮鎮座の40年前にあたる。また大正2年には、付近の野々宮と日吉神社が当社に合祀された。
[岡山県神社庁HP当神社由緒書きより]

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