おきたじんじゃ
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楽しみ方沖田神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年07月20日(日) 00時37分39秒
参拝:2025年6月吉日
岡山市中区にある神社です。また中区に戻ってきました。
こちら沖田神社は百間川のすぐそばにあります。
町中の神社としては境内も広く 社殿も立派で 参拝者もとても多いです。
本殿も素晴らしいのですが 境内社が多くて 道通宮と稲荷社は鳥居もしっかりある大きなものです。
この広さで境内社が10を超えるのは珍しいと思いました。
いちばんびっくりしたのは 道通宮では卵を奉納するところ。
こちらでは白蛇を鎮守としてお祀りされているのだそうです。
社務所で聞くところによると 蛇が奉納された卵を食べることがあるとのことです。
次にびっくりしたのは 拝受品の多さです。
写真もあげていますが まるでお店のようです。
岡山旅では 1寺社30分ぐらいのお参りで計画を立てていたのですが どちらも余裕で30分を越えてきます。
それに お話してくださる方が多くて 正直覚えられません。
お参りしてから投稿まで間があいてしまうと 忘れてしまっていることもしばしば。(泣)
またお参りしたい一社になりました。
ネット情報です。
沖田神社は 備前国藩主池田綱政の時代に新しく開拓された沖新田の産土神として建立されました。
元禄7(1694)年4月 沖新田全体の産土神として社を建立するため 京都の吉田殿(当時の神祇官)に見垣近江の守を派遣し神の来臨を請願 同年5月23日に沖田神社の神宣が下されました。
当初は御野群(現在の岡山市福島)住吉宮に鎮座されていましたが 元禄7年9月3日に 旧沖田神社(岡山市沖元宮地在の古宮様)へ遷宮しました。
しかし境内の土地が低いため 大風・高潮・洪水の被害を受け 拝殿にまでも水が入り込む事があったので 宝永6年(1709)現在の沖田神社の地に移転し 現在に至っています。
沖田神社御祭神は
天照大御神(あまてらすおおみかみ)・素戔鳴尊(すさのおのみこと)・軻遇槌命(かぐつちのみこと)・倉稲魂命(うがのみこと)・句句廼智命(くくぬちのみこと)
おきた姫 沖新田の開墾で最後の潮止め工事に際し人柱として一身を捧げたという。神として沖田神社本殿の床下に「縁の下の力持ち」としてられている。
今から約400年前の天正10年(1582)6月4日 備中高松城主だった清水長佐衛門尉宗治の次男長九朗が落城の際 敵のスキを伺って 逃走を試みました。
その途中で かねてよく信仰する道通宮に 「首尾よく逃れさせ給らば我家末代に至るまで鎮守として奉祀する」と祈願すると たちまち霊験顕れ 一匹の白蛇に守り導かれて 浅口群西大島御滝山に 無事逃れる事ができたのでした。
以来道通宮を鎮守として祀り その子孫は山麓に住居を構えて村民となりました。
4代の孫伝兵衛の代になって沖新田に転居し 名主として要職に就いたそうです。
その後 寛政12年(1800)4月12日沖田神社境内へ宮は移され 沖田神社の御末社に加えられました。
道通宮御祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)です。
こちら沖田神社は百間川のすぐそばにあります。
町中の神社としては境内も広く 社殿も立派で 参拝者もとても多いです。
本殿も素晴らしいのですが 境内社が多くて 道通宮と稲荷社は鳥居もしっかりある大きなものです。
この広さで境内社が10を超えるのは珍しいと思いました。
いちばんびっくりしたのは 道通宮では卵を奉納するところ。
こちらでは白蛇を鎮守としてお祀りされているのだそうです。
社務所で聞くところによると 蛇が奉納された卵を食べることがあるとのことです。
次にびっくりしたのは 拝受品の多さです。
写真もあげていますが まるでお店のようです。
岡山旅では 1寺社30分ぐらいのお参りで計画を立てていたのですが どちらも余裕で30分を越えてきます。
それに お話してくださる方が多くて 正直覚えられません。
お参りしてから投稿まで間があいてしまうと 忘れてしまっていることもしばしば。(泣)
またお参りしたい一社になりました。
ネット情報です。
沖田神社は 備前国藩主池田綱政の時代に新しく開拓された沖新田の産土神として建立されました。
元禄7(1694)年4月 沖新田全体の産土神として社を建立するため 京都の吉田殿(当時の神祇官)に見垣近江の守を派遣し神の来臨を請願 同年5月23日に沖田神社の神宣が下されました。
当初は御野群(現在の岡山市福島)住吉宮に鎮座されていましたが 元禄7年9月3日に 旧沖田神社(岡山市沖元宮地在の古宮様)へ遷宮しました。
しかし境内の土地が低いため 大風・高潮・洪水の被害を受け 拝殿にまでも水が入り込む事があったので 宝永6年(1709)現在の沖田神社の地に移転し 現在に至っています。
沖田神社御祭神は
天照大御神(あまてらすおおみかみ)・素戔鳴尊(すさのおのみこと)・軻遇槌命(かぐつちのみこと)・倉稲魂命(うがのみこと)・句句廼智命(くくぬちのみこと)
おきた姫 沖新田の開墾で最後の潮止め工事に際し人柱として一身を捧げたという。神として沖田神社本殿の床下に「縁の下の力持ち」としてられている。
今から約400年前の天正10年(1582)6月4日 備中高松城主だった清水長佐衛門尉宗治の次男長九朗が落城の際 敵のスキを伺って 逃走を試みました。
その途中で かねてよく信仰する道通宮に 「首尾よく逃れさせ給らば我家末代に至るまで鎮守として奉祀する」と祈願すると たちまち霊験顕れ 一匹の白蛇に守り導かれて 浅口群西大島御滝山に 無事逃れる事ができたのでした。
以来道通宮を鎮守として祀り その子孫は山麓に住居を構えて村民となりました。
4代の孫伝兵衛の代になって沖新田に転居し 名主として要職に就いたそうです。
その後 寛政12年(1800)4月12日沖田神社境内へ宮は移され 沖田神社の御末社に加えられました。
道通宮御祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)です。

正面鳥居

顔がかわいい


手水舎

手水は木の龍

本堂 夏越大祓の茅の輪がありました

内陣

本殿左手に道通宮



お堂

内陣

卵を奉納します

奥には稲荷社も

狐っぽくない


本殿

成就石

道通宮本殿横から

伏見稲荷・白玉稲荷・不動王・白龍大神・木野山神社 五社の眷属社

沖田姫神社

木鍋八幡宮・天御中主大神・天満宮・木野山神社・青麻三光宮 の五社

道通宮の本殿下に通路があります

お供えたまご入れ

厄割玉をぶつける厄石

拝受品めちゃくちゃ多い

まるでお店です

御朱印はこちら

駐車場奥に 胸形神社

駐車場横にも末社がたくさん

名前を確認できませんでした

本殿横から
すてき
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くるくるきよせん3062投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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