じょうみょうじ|日蓮宗|本宮山
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常妙寺について
お寺の境内に北野天満宮から勧請した天神様が祀られています。
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大分市葛木にある日蓮宗のお寺。
元のお寺があった場所にはそれ以前から豊後の大友家初代能直が京都の北野天満宮から勸請した天神さまが祀られていました。そのため府内天神と呼ばれています。現在のお寺は平成になってキリシタン殉教記念公園の隣に移されました。
お寺の正面にある近代的なコンクリート建築は納骨堂。その先へと進むと山門がありおしゃれな参道の先に平成になってから新しく建てられた本堂があります。もちろん傍にはお寺の元となった天神さまもあります。本堂の中は天井が高くて広々としておりお寺としてはすごく立派でした。御首題帳も頂けるようです。
御首題をお願いすると住職さんが快く書いてくださりお茶とお菓子まで御馳走になりました。本当にありがとうございました。
授与品
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始まりはお寺ではなく、天神様を祀るお宮の一角に開かれた僧侶の庵(仮住まい)になります。そのお宮は、大友家初代能直公が京都の北野天満宮から勧請した『府内天神』をお祀りした由緒あるお宮でした。
西暦1212年・建暦の元号、鎌倉時代に祀られ800年以上鎮座し今も大切にお祀りしています。
西暦1500年頃(室町時代)に東国(現在の千葉中山法華経寺)よりお題目布教に訪れた僧侶円応。
その法華経説法を聴聞し感銘を受けた神官の招きで、『府内天神』境内に庵を結びました。
そののち所領を管轄していた大友家の庇護を請け、大分では有名な宗麟(義鎮)公の父親義鑑公を開基として寺領五百石を賜り、京都頂妙寺を本山とする法華宗の一寺院となったのが常妙寺の始まりです。
常妙寺は長く寺町(現都町)にてお題目布教拠点となっていました。
しかし、昭和20年の大分空襲により、伽藍・資料の大半を焼失。第24世志田原上人が、戦後混乱の最中僧俗一体となって、本堂・庫裏等を再建いたしました。昭和60年を迎える頃、老朽化甚だしい建物と今後のお寺のあり方を鑑みて、先代日昇上人と時の総代役員を中心に、遷座移設の計画・実行となりました。平成2年に当地にまずは現在の会館を建設。会館に本堂を仮設して、平成4年に本堂の正式な本堂落成となりました。
(常妙寺公式HPから引用)
常妙寺の基本情報
| 名称 | 常妙寺 |
|---|---|
| 読み方 | じょうみょうじ |
| 通称 | 府内天神 |
| トイレ | 納骨堂 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 097-537-5902 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.jomyoji-oita.jp/ |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
詳細情報
| ご本尊 | 十界大曼荼羅 一塔両尊四師 |
|---|---|
| 山号 | 本宮山 |
| 宗旨・宗派 | 日蓮宗 |
| 創建時代 | 1500年頃 |
| 開山・開基 | 円応・大友義鑑 |
| ご由緒 | 始まりはお寺ではなく、天神様を祀るお宮の一角に開かれた僧侶の庵(仮住まい)になります。そのお宮は、大友家初代能直公が京都の北野天満宮から勧請した『府内天神』をお祀りした由緒あるお宮でした。
常妙寺は長く寺町(現都町)にてお題目布教拠点となっていました。
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| ご利益 | |
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